THEMEセミナーレポート

Special 1Day(2018年3月11日開催)〈不戦勝のススメ〉

川上量生
株式会社ドワンゴ 取締役CTO

1968年生まれ。91年、京都大学工学部卒業。
同年、株式会社ソフトウェアジャパン入社。97年、株式会社ドワンゴ設立、代表取締役に就任。
現在、同社取締役CTO、カドカワ株式会社 代表取締役社長、スタジオジブリプロデューサー見習い。
2006年よりウェブサービス「niconico」運営に携わるほか、現在は人工知能、教育事業などのIT先端技術関連の新規事業開発にも注力している。

舛田淳
LINE株式会社 取締役 CSMO

1977年生まれ。2008年、ネイバージャパン株式会社に入社、事業戦略室室長/チーフストラテジストに就任。2012年、傘下であったNHN Japanグループ3社の経営統合に伴い、NHN Japan株式会社のLINE・NAVER・livedoorの事業戦略・マーケティング責任者として執行役員/CSMOに就任。2013年、NHN Japan株式会社の商号変更。引き続き、3ブランドの事業戦略・マーケティング責任者としてLINE株式会社 執行役員 CSMOを務める。2014年、LINE株式会社 上級執行役員 CSMOに就任。2015年、取締役 CSMOに就任。現職。

- はじめに -

ニコニコ動画を世に送り出した株式会社ドワンゴの取締役CTOであり、カドカワ株式会社の代表取締役社長でもある川上量生氏と、インターネット電話、テキストチャットを中心としたコミュニケーションアプリ「LINE」を提供するLINE株式会社の取締役CSMO舛田淳氏。
新しい市場を切り拓き続けているこのお二人を招いて、「不戦勝」というキーワードを手掛かりに、理想の競争戦略について迫ります。それぞれの事業や経営についての対話を通して、お二人の経営判断の根底にある思想が紐解かれていきます。

「戦わずして勝つことが最上である」ということは明らかに正しい

今回の対談の「不戦勝のススメ」は、シリーズディレクターの川村元気さん曰く、このテーマは川上さんが言い出したと。「戦略上、不戦勝というのが一番良い」というのをどこかで言ったらしいじゃないですか。

そういう言い方をしたかどうかは覚えてないんですが、ただ、戦うのはバカというか、当たり前に考えて、強敵と正面から戦っちゃダメだと思っています。自分が有利になるように物事を進めないといけない。そうすれば勝てる見込みが増えるじゃないですか。なんでそれやろうとしないのかと。例えば、野球選手は統一されたルールの中で勝負しなければならないので、競争せざるを得ないんです。しかし、多くの人はそういう状況ではないんですから、競争しないようにするのが明らかに正しい。

僕もその通りだと思います。でもなぜかみんな戦いたがりますよね。

僕には、なぜみんなが競争が好きなのかに対して持論があるんですよ。それは、学歴社会におけるエリートって基本的に受験戦争に勝ち続けてきた人たちなので、勝負をするのが好きなのではないかと思うんです。でも、今まで勝ってきたからといってこれからも無理に戦う必要はないんです。孫子は紀元前の段階ですでに、「戦わずして勝つことが最上だ」と言っているわけですよ。「不戦勝は良いことだ」というのは、ずっと前から言われている真実です。

それは、競合が少ない分野、いわゆるニッチを狙うということに繋がっていますよね。例えば、日本人も英語をベースとした教育がいいとか、これからは中国語だろうとか、世界で戦える人材を育成するために日本語はもはや必要ない、というような議論がありますが、それについてどう思われますか。

いや絶対ダメですよね。英語ベースで勝負したらアメリカ人の方が競争力があるに決まってるじゃないですか。なんでそんな自分に不利なハンデ戦をしなきゃいけないんですか。

今日のテーマである「不戦勝のススメ」を一言で表した素晴らしい返答ですね。一見、日本語を捨てて英語をベースにしてしまった方が効率が良さそうに見える。しかし、それではレッドオーシャンの中に突入することになってしまうんですよね。それは自分のストロングポイントを失う、ニッチという価値を手放すことに他なりません。

僕は日本語っていろいろな意味で武器だと思っているんです。人間って思考のために脳の言語野を使いますから、言語のフォーマットが違うことによって、日本人の発想は英語圏の人たちの発想と脳的に違うはずなんですよ。違うアイデアを出せる可能性がある。そういうところで勝負するべきだと思いますね。

「良い勝負」を避け、「圧勝」できるときに全力を尽くす

「戦わずして勝つ」つまり「不戦勝」は、リソースも使わない、ライバルもいない分野では自分たちのルールで物事を進められます。しかし、戦わないってことは競合がいないっていうことですので、「本当に儲かるか」「市場が存在するか」「ニーズがあるか」という課題もあります。その点、川上さんはどうやって見極めるのですか。

最終的には運を天に任せるしかないですよね。もちろん、明らかに儲からないビジネスはやりません。儲かるかもしれない絶妙な塩梅のところを狙うんです。確実に儲かるジャンルって、もう大勢の人が手を付けていますから、そこはもうレッドオーシャンなんです。LINEはどうだったんですか。

LINEの立ち上げ当時は、ソーシャルゲームの大バブル期。ただ我々自身は、あまりそれが得意な会社でもありませんでした。ちょうどその当時、東日本大震災が起こってしまい、自分たち含め多くの人がうまくコミュニケーションがとれない状況に陥ってしまった。それが引き金となって、何かできることがあるんじゃないかという議論が社内で進み、最優先に開発したのがLINEなんです。6月23日にLINEを公開した時点では、すぐに儲けることは考えていなかったですし、むしろ儲からないとすら思っていました。

LINEのすごいなと思う部分は、プロモーションを仕掛けた時期ですよね。僕らは着メロもニコニコ動画も、サービスにお客さんがついて儲かり始めてからテレビCMを打ったり、サーバーへの投資を決めたりしたんですよ。でもLINEが大プロモーションを始めた時期は、市場を勝ち抜けることがわかっていなかったタイミングだったと思うんです。

ベッキーさんが出演しているCMのころは、我々の売り上げはゼロ。ゼロどころかもうマイナスでした。さらに、日々増加していくトラフィックに対してのサーバーへの大きな投資もしました。ただ、その時点で日本以外も含め、ユーザーがオーガニックに伸び始めていたんですね。紹介が紹介を生んで伸び始めていく、いわゆるネットワーク効果が生まれ始めたんです。伸びるならば、もういっそ追いつけないくらいにこの成長角度を上げてしまえと、サービスを出してから3ヶ月目くらいで考えました。この考えは「不戦勝のススメ」に通じるものがあるかもしれません。

3ヶ月目くらいで「もう勝っている」と思ったわけですね。不戦勝を目指したというよりは、「勝っている」と。

「勝っている」というよりは「勝ちきってやろう」と思いました。競合がほとんどいない時期だったので、サービスの徹底的な周知のために思い切りアクセルを踏みましたね。それから数ヶ月経った頃、カカオトークとかcommというサービスが大きなプロモーションをかけ始めて、メッセンジャー大戦争が起こりました。そこであえて、我々は「LINEは単なるメッセンジャーではありません、プラットフォームになります」と大々的に宣言しました。ゲームや占いなどのサービスも展開することで、圧倒的に「勝ちきろう」としましたね。

おそらくすごく重要なポイントは、「良い勝負」なんてろくなもんじゃないっていう考え方ですよね。LINEのように、圧勝する見込みがあるときに頑張るのが良いんです。「良い勝負」なんていうものは、格闘漫画では面白いんですけど、現実社会で絶対やっちゃダメですね。消耗するし、大変ですよ。

仰る通りで、スポーツや格闘技ならともかく、ビジネス上での良い勝負なんてのは、ヤバいなと思った方がいい。切磋琢磨とか言っちゃダメだと思うんですよね。さらに言えば、どのタイミングで競合の心を折るかっていうのもすごく大事なんです。それが一番コスト効率がいい。ある程度のところで、競合に対して「この領域はもう無理ですよ。非効率ですよ。株主に怒られますよ」と思い知らせるのが望ましいんです。戦い過ぎると、どんどん疲弊して本体が持たなくなるんですよね。つまり、「競合がいないような領域を狙う」もしくは「競合がいたとしても早めに非効率だと思っていただく」っていうのが大事な点かなと思います。

最初に人類を裏切るものはおそらく日本から生まれる

LINEはメッセンジャー界ではずっと首位をキープしていますが、ここ数年新しい事業に手をつけ始めています。例えばAIですが、我々は他社と違って、キャラクターにAIアシスタントのような機能を持たせようとしています。鍵になるのはLINEが買収したGateboxという会社。ここは女性経験が全くない男の子の想いが炸裂してできた会社なんです。彼は「もう生身は要らない、これからはAIの時代だ、技術さえ追いつけば自分の嫁はできる」という境地にたどり着いた。

僕ね、それすごく同意します。今後AIの時代が絶対にやって来ますよ。

今、googleやAmazonが作っているスマートスピーカーは、単に音声を使ったポータルを作ろうとしているだけ。しかも、できるだけ万人受けさせるために、AIアシスタントのキャラクターを無くそうとしているように見えます。今のところは。一方、僕らが作りたいものは、彼らとは全く逆の発想から生まれているんです。

LINE社が作ろうとしているのは、そもそも人間の話し相手、友達ですよね。他社は音声入力を利用して天気を調べたり、物を買ったりするサービスに行きがちですけど、LINEの場合は、もともと音声通話のサービスですから、話すこと自体がそのままサービスの目的になり得ますよね。

音声の入力コマンドに対してサービスコンテンツを返す。その機能も当然実装しますが、LINEがAIを手がけるのであれば、ベースとなるのはコミュニケーションだと思っています。今までに存在しなかったようなコミュニケーションというのがひとつの戦略で、世界的に見ても変わったアプローチで開発を進めています。さきほどのGateboxなどは「会話のパターンを増やした方がいいんじゃないか」という方向性ではなく、「目が合って、ニコっとするくらいがいいんですよ」と。

あー(笑)それ最高ですね。

Gateboxの男の子が「デバイスでYoutubeやテレビを操作できてもいい、ただそのデバイスのスクリーンに動画が表示されるのは良くない」と言うんです。理由を聞くと、「そのAIアシスタントと一緒にテレビを観たいじゃないですか」と。すごくないですか、この発想、この領域。「話さなくてもニコっとしてくれればいい」「デバイスの中の嫁と一緒にテレビを観たい」と言うんですよ。映画を観ていて、たまにディスプレイを見たら目が合って、なんとなく表情があるっていうくらいが理想だと言うんです。これはもはや愛ですよ。

素晴らしいですね。僕は初めてLINEの音声端末戦略を理解しました。うちの会社にもVRの世界に住みたいって言う人がいるくらいなので、「AIと人間」というのが21世紀のテーマになると思いますが、人類を裏切るようなものが最初に生まれるのは日本だろうと僕は信じています。一見ディストピアですけど、これは正しい進化ですよ。そして、その発端は欧米中心のネット文化にはないニッチな感覚です。

そういえば、シリコンバレーの方々には、LINEは最初理解されませんでしたね。なんだこのスタンプとかいう気持ち悪いキャラクターたちはと。でもあれがアジア、ラテンアメリカでは受けたんですよね。つまり、新しいものが生まれるスポットが欧米からズレている。これは、戦い方を考える上でもチャンスですし、そもそも真っ向からシリコンバレーと戦わなくていいとも思います。これは「不戦勝」という考え方に近い感覚ですね。

「友達ができない」通信高校の弱点を克服する "N高"という試み

川上さんは今、ドワンゴ、カドカワの他にもN高等学校という通信制高校教育もやられていると思うんですけど、通信制高校を作る上で意識した「不戦勝」戦略はありますか。N高って自分で好きに教科を選んで勉強できるんですよね。

はい。受験勉強に特化したい人は勉強に特化できるし、プログラミングをやりたい人はプログラミングが学べる学校です。日本の通信制高校の制度は、指導要領等々の制限が弱く、普通の高校に比べて卒業するのが少し楽に設定されているので、それをうまく活用していろんな勉強をさせようというのがN高の構想なんです。そしたら卒業とは関係ない勉強が多くできて、将来的に有利だろうと。

なるほど。

それから、通信制高校の弱点は友達ができないことなんです。生徒へのアンケート結果を見ると、入学者が高校に期待していることは友達ができること。だから、生徒が誇りを持てる通信制高校を作る際に重要なことは、友達ができるようにすることなんですよ。

ネットで通う高校というコンセプトだけ聞くと、孤立しているイメージですけど。

リアルで学校に通わなくても友達はできるんだというのが僕の仮説だった。実際のところ、88%の生徒が「友達ができた」と回答しており、100%ではないですが、まあ十分な数字です。だって今までの通信高校では友達ができなかったんですから。
N高ではSlackというチャットシステムを使っていて、担任の先生にはSlack内にあるクラスルームを任せているので、どのクラスルームがチャットの発言数が多かったのかという情報を取ることで、担任を評価するようにもしています。

友達を作るという大きな目標があるからこそ、クラスの発言数が先生の成果指標になっているということですか。

はい。とにかく友達を作らせることに本気で取り組むため、担任の先生にも競争させています。

くわえて、将棋部など、全部ネット上で活動する部活もやっています。豪華なことに、将棋部の顧問はプロ棋士の阿部光瑠六段。ただ、通信制高校だと県の大会に出られないので、灘校とのオンライン将棋団体戦を"将棋NN戦"っていう名前で、勝手に試合を作っています。ただ"NN戦"って言いたいだけなんですけど(笑) でも、灘高とN高が並んでいるかのような錯覚を世の中に与え、結果的に生徒が誇りを持てるようにしたいという狙いもあります。実際には、力もついてきて、日本一強い将棋部を持つ灘高に二連勝してるんです。

「巨大な幻想の裏」に存在するニッチを狙う

「不戦勝」をするためにはニッチを狙うべきですが、現実的にはニッチを探すことは簡単ではありません。そういうときに僕は「巨大な幻想の裏」を狙うようにしています。人間って正しくないことを意外と信じていると思うんです。「巨大な幻想」の一つの例は、学歴。学歴なんか何の意味もありません。うちの会社だと中卒のプログラマーの方が優秀だったりするんですけど、これって当たり前なんですよ。だって学校に行かないでプログラミングに没頭していた人の方がスキルを持っているに決まっているんです。

この議論がフェアになるように反例も示しておくと、AIとかコンピューターサイエンスの分野では、博士号を持っている人の価値があがって来ているのも事実です。数学の基礎素養がないと話にならない領域ですね。これは、残念ながら中卒でいくら勉強したとしてもカバーできない部分があります。

そういえば川上さんは数年前に「AIをやるために数学を勉強し直す」って言っていましたね。

はい。経営者レベルでAIをきちんと理解している人はほとんどいません。AIを理解しようとすると、ちゃんとした数学を勉強する必要があるので、それをまじめにやったら、少なくとも経営者というレイヤーの中での競争力はつくだろうと考えています。会社経営をやっていて数学を勉強する人なんていないですよ。非合理的だし、時間もかかるし。だから、ニッチを探すとき、「これから広がるニッチは何か」、そういう発想をしないとダメですよね。

人がやらないことをやるのはやはり大事ですよ。同じものを扱っていても、向いている方向やアプローチ、目指すゴールが違うことで、不戦勝にできるものは、実はたくさんあります。例えば、LINEの海外展開は、アメリカ、中国に行かずに東南アジアに向かったんです。その結果、台湾とタイではほぼ全員がLINEを使うという状況になっている。もし最初にアメリカに行っていたら、ボッコボコにされて、資金も尽きて終わっていたと思います。他と違うことをやることの重要性がわかっていたからこそ、アメリカではなく、あえて東南アジアに展開したんです。

それはすごく正しい。正々堂々アメリカで勝たなきゃ意味がないとか考える人が多いみたいですけど、正々堂々の勝負は勝率が悪いですからね。

そうですね。正々堂々の勝負は、強い奴が当たり前に勝つという、夢も希望もないことになるんですよね。なので、有利に事を進めるために、違ったアプローチを考える必要がある。それこそが戦略という考え方。戦を略すっていうのが戦略ですから。

その際、「常識」とか「習慣」とか「慣習」とか、そういうある種思考停止してしまっているものの裏側にチャンスが隠れていると思います。しかし、多くの人はレッドオーシャンの中で戦おうとしてしまうんですよね。これって実はすごく難しいこと。この話は別に事業だけのものでなく、コンテンツ、音楽、生き方自体にも応用できる話ですよね。そして、「不戦勝」というアイデアを自分の選択肢に入れることがすごく大事なんです。

そうですね。正々堂々の勝負なんていう勝率が悪いものを、必ずしも人生ではやる必要がないということ。常に、別の方法、抜け道を探すっていうのが正しい戦い方なんだなと僕も考えています。