Seminar Report

セミナーレポート

SPECIAL 1 DAY2019.03.21開催

ビジネスがアートに学ぶこと

竹中平蔵
アカデミーヒルズ理事長/東洋大学教授/慶應義塾大学名誉教授
Profile
ハーバード大学客員准教授、慶應義塾大学総合政策学部教授などを経て、2001年小泉内閣で経済財政政策担当大臣を皮切りに、金融担当大臣、郵政民営化担当大臣兼務、総務大臣を歴任。博士(経済学)。

著書は、『経済古典は役に立つ』(光文社)、『竹中式マトリクス勉強法』(幻冬舎)、『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌』(日本経済新聞社)、『研究開発と設備投資の経済学』(サントリー学芸賞受賞、東洋経済新報社)など多数。
遠山正道
株式会社スマイルズ 代表取締役社長
Profile
1962年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、85年三菱商事株式会社入社。2000年株式会社スマイルズを設立、代表取締役社長に就任。現在、「Soup Stock Tokyo」のほか、「giraffe」、「PASS THE BATON」「100本のスプーン」を展開。「生活価値の拡充」を企業理念に掲げ、既成概念や業界の枠にとらわれず、現代の新しい生活の在り方を提案している。現代アートのコレクターでもある遠山氏が、アートとビジネスの双方が補完し合って、次のシーンを切り拓くことの重要性を伝えるべく、六本木アートカレッジ2018の年間イベント企画・監修を務める。
Profile
ハーバード大学客員准教授、慶應義塾大学総合政策学部教授などを経て、2001年小泉内閣で経済財政政策担当大臣を皮切りに、金融担当大臣、郵政民営化担当大臣兼務、総務大臣を歴任。博士(経済学)。

著書は、『経済古典は役に立つ』(光文社)、『竹中式マトリクス勉強法』(幻冬舎)、『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌』(日本経済新聞社)、『研究開発と設備投資の経済学』(サントリー学芸賞受賞、東洋経済新報社)など多数。
Profile
1962年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、85年三菱商事株式会社入社。2000年株式会社スマイルズを設立、代表取締役社長に就任。現在、「Soup Stock Tokyo」のほか、「giraffe」、「PASS THE BATON」「100本のスプーン」を展開。「生活価値の拡充」を企業理念に掲げ、既成概念や業界の枠にとらわれず、現代の新しい生活の在り方を提案している。現代アートのコレクターでもある遠山氏が、アートとビジネスの双方が補完し合って、次のシーンを切り拓くことの重要性を伝えるべく、六本木アートカレッジ2018の年間イベント企画・監修を務める。

Overview

はじめに

1Dayイベントのオープニングトークは、アカデミーヒルズ理事長の竹中平蔵氏と、六本木アートカレッジ2018-2019のシリーズディレクターを務めたスマイルズ代表の遠山正道氏が登場しました。
経済社会の変化に着目しながら、アートの可能性を信じるお二人によるセッションには、これからの生き方・働き方のヒントが詰まっています。さらに、遠山氏の最新プロジェクト「アートのチェーン店」を題材に、現代的なビジネスアイデアの発想法がつまびらかに。アート的な思考でビジネスを小さく始めるとはどういうことでしょうか。

アートもビジネスも共通点は「自分ごと」

このアートカレッジは2011年に始まりました。2011年というのは、私たち経済を専門とする人間からすると大変重要な年でした。ドイツ政府が初めてインダストリー4.0という言葉を使い、人工知能、ロボット、ビッグデータなど、第四次産業革命ともいうべき新しい波が経済社会を変えるということを世界中が意識し始めた年でしたから。それから8年が経ち、高度化した経済社会はクリエイティビティを強く求める時代になったわけですが、クリエイティビティの背後には必ずアートがあります。日本政府が第四次産業革命対策を始めたのはかなり後でしたので、このアートカレッジが2011年から始められていたということ、私にとって密かな誇りであります。
さて、私の今日のネクタイ、実は遠山さんから頂いたものです。富士山のデザインで、ネクタイピンが新幹線になっている。遠くにある富士山のような高い山を目指して、正しい道を歩んでいくと。まさに遠山正道というお名前そのものに感じました。ご本人もお名前通り、本当に真っ直ぐにビジネスとアートに向かっていらっしゃいます。

ありがとうございます。この一年、シリーズディレクターとして「自分とアートとビジネスと」というテーマでアートカレッジをやってきましたが、私は23年前にアートをベースにビジネスをスタートさせました。三菱商事で10年経った頃、このまま定年を迎えたら満足しないと思い立って、絵の個展をやったのが始まりです。理由は分からないけれど、疑問や苛立ち、ときめき、情熱、夢のようなものが自分を突き動かして、33歳で初めて個展という名の意思表示をしたんです。この経験がその後のスープやネクタイ、リサイクルショップ、のり弁など、様々なビジネスにつながっていきました。
私は、アートとビジネスの結節点は全て「自分ごと」だと思っています。だから、私たちのビジネスはアートと同様で、マーケティングをしません。アーティストがお客さんに「来年個展やるんですけど、何の絵を描いたら良いでしょう?」なんてやったらもうギャグ(笑)。何を描くかを自分で考えて制作するのが面白くてアーティストをやっている。私たちも作品のようにスープを作り、お客さんに提示して共感を生みたいと思っています。

今までの古い経済社会というのは、何か苦痛を感じながら仕事をして、その対価として賃金をもらうという仕組みでしたが、アートのように本当に自分のやりたいことをやっていくというビジネスの世界があっても良いはずですよね。

現代のビジネスは「大人の都合」が幅を利かせていますが、元々は最初に「子供の眼差し」がある。例えば本田宗一郎は、奥さんが自転車で荷物を運ぶのが大変そうなので、自転車にエンジンを付けてあげた。Facebookもair-bnbも、最初のスタートはそのような自分ごとから始まっています。そこに徐々に大人の都合を掛け合わせて大きくなった。一方、アートは子供の眼差しばかりなので、そこにビジネスやテクノロジー、サイエンスなどを重ねていけば、次のステージに押し上げられると思います。アートとビジネスを共存させることで、お互い足りないところを補い合うことができると感じています。
アートがビジネスの見えないトリガーになると私は思っています。目で見えているものや話している言葉、触れられるものって世の中の10%くらいで、残りの90%がまだ暗闇の中にあるけれど、そこに価値があるのではないかと。アートはそこに向けて何かの気付きを形にしていく行為で、我々ビジネス側もその見えない90%におぼろげにときめいて、それを形にして世の中にどんと提示していきたいですね。

小単位のプロジェクトが繰り返される時代が来る

20世紀は経済の時代、21世紀は文化・価値の時代だと思い、スマイルズは6~7年前から文化価値を探るためにアート活動を始めました。具体的には、いくつもの芸術祭に、ビジネスとアート両面のコンテクストを持った作品を出品してきました。瀬戸内の檸檬ホテルもそのひとつで、昼は作品、夜は実際に1日1組が泊まれるホテルになります。ビジネスの規模は非常に小さいですが、分母が小さければ1個1個のプロジェクトとして成立しやすく、やりがいも感じやすくなります。「ハンコの要らない仕事」なんて社内では呼んでいますが、そういう小さなプロジェクトを会社が数多く持てば、会社全体も個人もサステイナブルになるんです。これから世の中はプロジェクトが1回終わったら解散してまた組む、その繰り返しになると思います。だから我々のこういう取り組みが将来的に効いてくるのではないかと。

実は今や研究開発などでも、大手の製薬会社は中央研究所をほとんど廃止していますね。ベンチャーが研究開発したものを買うという流れになり、プロジェクト単位で動いています。アートとビジネスを共存させる上で、難しいことも多いでしょうね。アートに特化している人からは、逆に批判をされることもあるかもしれない。そういうご苦労みたいのは今までにありましたか?

よく失敗談や苦労話を聞かれるんですが、全然思い出せないんですよ。私が昔執筆した本を読んだところ、三菱商事時代にスープストックトーキョーの提案が通らなかった時、日比谷線で3回泣いたと書いてありました(笑)。だから多分苦労もしているはずなんですが、忘れてしまいました。おそらく基本的に失敗だと思っていないのだと思います。例えば10枚の絵を描いて7枚売れて3枚売れなくても、その3枚を失敗作とは呼びませんよね。少なくとも私は呼ばない。なぜなら、同じように大切に描いて、たまたま売れなかっただけだから、全然心に傷は無いんですよ。何かうまくいかなくても、ちゃんと自分の中にコンテクストがあれば、次は手段を変えれば良い。実は、昨日経営会議で撤退の決議をしましたけど、ちゃんとチャレンジして思い切りできたから良かったね、またやろうね、と言って爽やかに終わりました。

それはきっと多くの企業が、ビジネスはずっと続くものでなければならないということを暗黙のうちに前提にしているからでしょう。歴史的には会社の始まりは東インド会社で、船を仕立てて目的地との間を往復させるというプロジェクト単位の仕事をしていた。それが産業革命で工場を据え付けたために、ゴーイングコンサーンにしなきゃいけなくなった。ただ起源をたどると、元々のビジネスというのは単発だったわけですから、そういう意味でビジネスの原点にも戻っておられると感じました。

新たな試み”The Chain Museum”の展望

「The Chain Museum」は、小さくてユニークなミュージアムを世界にたくさん作っていこうというという新しい試みです。2年前に海外のアートフェアに行った時に、2億円以上の作品ばかりで疎外感を感じて帰ってきたんです。それがきっかけでこのアイデアをひらめきました。お金持ちやトップアーティスト、ギャラリストの世界も素晴らしいのですが、普通の人が近寄りがたい存在になってしまう。これはもうアートを買っている場合じゃなくて、むしろシステムのようなものを作るべきではないかと思ったわけです。我々スマイルズのアーティストとしてのコンテクストはビジネスで、スープストックトーキョーというチェーン店もやっているのだから、チェーン店とアートという相容れない要素を組み合わせたらおもろいぞ!とひらめいて、「The Chain Museum」という言葉が生まれました。アート側だけじゃ絶対出て来ない発想だと思います。

具体的にどのようなことをするのでしょう?

例えば、須田悦弘という作家の「雑草」という作品が、佐賀県の旧唐津銀行や市役所、図書館にあるのですが、それらを巡って最後に風車の上にある金の雑草を見に行く、というのを2019年4月にローンチしました。また、北軽井沢に詩人の谷川俊太郎さんの別荘があるのですが、何ともいえない味わいがあるんです。そこを泊まれるミュージアムにして「名建築シリーズ」のようなこともやります。
それらと連動させる形で「アートスティッカー」というアプリを活かしていきます。作品をアプリで鑑賞して、ときめいた作品にスティッカーを貼ってドネーションができる仕組み。そうするとアプリ上では誰が作品に支援したのかが時系列的に記録され、一方、マイコレクションのページには、自分が寄付した作品が御朱印帳のように連なり、ずっとその作品との関連性が履歴として残っていきます。展覧会、美術館、芸術祭、財団さんともお話を進めており、将来的にはかなり大きなアーカイブをアプリユーザーに提供できると思います。

素晴らしいですね。初めてこのお話を聞いた時に、このドネーションを税務署はどのように把握するのか、税額控除になるんだろうか、なんて考えてしまった自分が悲しかったです(笑)。アーティストを支えることは有意義ですが、現状ハードルも高いですよね。「生産性」という言葉があります。機械化や自動化によって自動車製造の生産性が昔に比べて5倍に上がっても、アーティストの場合は、例えばオペラの歌手が1日1回の公演を5回にまで増やせませんよね。そういう意味で生産性を上げにくい。自動車関連の賃金はどんどん上がるけれど、アーティストが生きていくためにはチケットを高くしなきゃいけない。そうするとアートがお金持ちだけのものになってしまいます。誰もがアートを楽しめる環境にならないんです。
だから政府がお金を出しなさいという話になり、文化庁が1,000億円の予算を持つようになりました。つまり日本の文化予算というのは国民ひとりあたり約1,000円です。韓国はこの5倍で、フランスはこの10倍くらいに達します。アメリカは日本より少ないですが、その代わり政府は寄付を税額控除にしているから、お金持ちが巨額の寄付をします。予算面でも寄付面でも、日本のアート界を支えるシステムは非常に弱いのが実状です。ですので、遠山さんのこの試みは大変嬉しいです。

アーティストと作品をもっと自由にするプラットフォーム

誰もがアートをより身近に感じられる仕組みですが、今後どう進めていかれるのですか?

まずはアート作品をある程度集めてアーカイブ化してから、鑑賞者を増やしたいですね。美術館さんや芸術祭からも高い関心を寄せて頂いているので、機能的にも多言語化や音声化を検討しています。あるアーティストは「これが実現したら作品を売らなくて済む」と言っていました。これまでアートは売買や入場料収入で成り立っていましたが、第3のお金の流れを作ることで、売るためじゃなく自由に作品を作れるようになります。そういうユニークな変化が起きることを期待しています。

今はデジタルな時代で、プラットフォーマーという言葉がよく使われるようになりました。アートのプラットフォームだって、あっても良いわけですよね。アートの、アーティストのための、そしてアートを楽しむ我々のためのプラットフォーマーに育てていただきたいと思います。

プラットフォーマーであり、かつそのお金でミュージアムをどんどん作っていくので、プレイヤーとプラットフォーマーを同時進行する面白いケースになると思います。

遠山さんが本日のセッションで一番よく話された言葉が「ときめき」だと思います。私たちは皆、自分ごとを生きているわけですから、全員がアーティストなんですよね。そして全員がそれをビジネスにするチャンスを持っている。有名なアーティストだけでなく、まだ無名かも知れない小さなアーティストのことも大切にして、小さなパトロンたちがアートを盛り上げる時代を作っていただきたいと思います。ありがとうございました。

Q&A

参加者との質疑応答

Q. 遠山さんの場合、アイデアは突然出てくるのですか?

最近朝の4時5時の夢うつつの時に思いつくことが多いです。イメージとしては、湖に糸を垂れている時に魚がふっとかかるような感じ。きっと日頃のときめきや興味みたいなものが潜在意識の中にあって、下にうろうろいる1匹1匹の魚が良いタイミングで来てくれるような感じですかね。

Q. 遠山さんの著書で物語形式の提案書を拝見して感動しました。社員さんのプロジェクト提案書も物語形式なのでしょうか?

物語形式の企画書はすごく効果があって、皆が共有しやすいんです。具体的なものを形作るには効果がある一方、物語性が強すぎて、それ以外のことが逆にできなくなって自分自身の足を縛る可能性もあります。だから内容によっては向きません。社員は一人ひとりがやりたいように提案書を作ったら良いと思っています。皆それぞれが自分ごとを持って生きているわけですから。