六本木アートカレッジ SPECIAL 1DAY 2022
セッションレポート
vol.1

アニメーション映画を通じて
現代の世界をどのように表現するか

ゲスト: 細田 守 映画監督

Profile

1967 年富山県生まれ。1999 年に『劇場版デジモンアドベンチャー』で映画監督デビュー。代表作に『時をかける少女』(06)、『サマーウォーズ』(09)、『おおかみこどもの雨と雪』(12)、『バケモノの子』(15)、『未来のミライ』(18)がある。2011 年にアニメーション映画制作会社「スタジオ地図」を設立。5 作品連続日本アカデミ ー賞最優秀アニメーション作品賞受賞や、米国アカデミー賞やゴールデングローブ賞のノミネート、アニー賞最優秀インディペンデント・アニメーション映画賞受賞など、国内外で高い評価を得る。最新作『竜とそばかすの姫』(21)では、カンヌ国際映画祭オフィシャル・セレクション内のカンヌ・プルミエール部門に選出。14分間のスタンディングオベーションで称賛を得たことが日本でも話題となった。

モデレーター: ロバート キャンベル 日本文学研究者

Profile

ニューヨーク市出身。専門は江戸・明治時代の文学、特に江戸中期から明治の漢文学、芸術、思想などに関する研究を行う。テレビでMCやニュース・コメンテーター等をつとめる一方、新聞雑誌連載、書評、ラジオ番組出演など、さまざまなメディアで活躍中。

Overview

六本木アートカレッジSPECIAL 1DAYでは、映画監督の細田守氏をお招きし、アニメーションの可能性について、お話しいただきました。最新作『竜とそばかすの姫』ではインターネット上のバーチャルな世界と現実に生きる女子高生の成長を見事に描き出した細田監督。アニメの枠にとらわれないクリエイティビティの源流から、今後の作品の方向性に至るまで、細田監督の創造する世界観と、その細部に迫る対談となりました。

アニメーションの外に可能性がある

キャンベル

はじまして、そしてようこそ六本木アートカレッジにおいでくださいました。細田さんがここ(アカデミーヒルズ)にいらっしゃるのは随分久しぶりだと伺ったのですが。

細田

20年振りになると思います。実は、僕は六本木ヒルズが誕生した時のCMのディレクターでして、村上隆さんと一緒に「六本木ヒルズが出来ました!」というアニメCMを製作しました。その時に、こちらで記者会見をして以来になります。

キャンベル

それは建築中の時から、CMの話があったわけですよね。

細田

そうですね。まだ全貌が分からない段階から準備していたので、資料だけを見て理解し映像を作っていました。実際に完成した場所に来て初めて、こんなにすごい場所だったのかと分かりましたね。

キャンベル

面白いですね。僕は細田さんには他流試合を得意とするアニメーション作家というイメージが凄くあります。安住せずに色々な方とコラボレーションすると言いますか。それはアニメーター、アニメーション作家としては珍しい在り方なのでしょうか?

細田

珍しいと思います。僕はなるべくアニメーションの世界の外の人と一緒に新しい作品を作っていきたいと思っています。新しいアニメーションの可能性をもっと広げたいのです。アニメーションというものは、自分だけの世界を楽しむ喜びが確かにあるのですが、作り手としてやりたいのは、アニメーションにはもっと可能性があるのではないか、という問いかけです。もちろん、一緒に作っている僕らの仲間とも探すわけですが、それだけではなくて、外の人も一緒にやろうとすると、今までとはちょっと違う物ができる、違う世界に辿り着けるということがあります。

現代を映す芸術としてのアニメ

キャンベル

細田さんは金沢の工芸美術大学で油絵を学んでいらして、インディーズ系の映画のような作品も作っていらっしゃいます。アニメーションの世界にこういう所から入って行くということは、横の繋がりというものが、最初からご自身の歩んできた道の中にあるのではないでしょうか。

細田

そうですね、それはやはり油絵科で西洋美術史を学んだことが大きいと思います。要するに美術史を学ぶということは、人間が一種の美意識を何千年の間に、どのように培ってきたかを学ぶことです。その結果、芸術とは何かということを含めて考えるきっかけを与えてくれる。アニメーションは非常に大衆的で、安い値段で皆が楽しめるものかと思うかもしれませんが、僕はそれも芸術の形ではないかと思っていまし、そう思って作ると、もっといろいろなことが出来る。もちろんアニメの大衆的な所も大好きですが、同時に、絵画史の延長にアニメがあるのではないかと考えると、まったく違った見え方ができるわけです。

キャンベル

そういう風に言われてみますと、細田さんの作品は、どこか安心して見られるアニメーションの文法のようなものもありながら、芸術が持っている曖昧さであるとか、正解を与えない余韻のような、凄く感動的な絵画を見た時や、1冊の小説を読んだ時に感じる印象を覚えます。

細田

もちろん一種のエンターテインメントとして、見て下さった方に満足していただくということも1つの職能としては大事だと思います。ただ一方で、やはり僕らは現代を生きていますから、何か抑圧を受けて、そこからどのように自由になろうとしているのか、ということと、アニメ映画をつくるということは、全然無関係ではないと思うわけです。例えそれが非常に大衆的な夏休みのアニメ映画であろうと、そこで見ている子供たちも、親たちも、常に現代というものに晒されて、色々な解決できない問題と向かい合っているわけですよね。そういうことを観客の皆さんと作り手とで、共感し乗り越えたいという気持ちがあります。

デジタルにおける一回性を表現する面白さ

キャンベル

今のお話がそのまま直結するのが『竜とそばかすの姫』ですね。私たちが意識するかしないかを問わず巻き込まれている情報社会。喜びや希望だけではなく、分断やポピュリズムの原因にもなっている「電子空間」が題材になっています。『竜とそばかすの姫』はリアルとバーチャルを行き来しながら、高校生たちが大変切実なドラマを生きる物語です。実は私が細田さんにお会いしたいなと思ったのは、私が非常に尊敬している友人でファッションデザイナー、アンリアレイジの森永邦彦さんが、『竜とそばかすの姫』の舞台となるバーチャル世界をデジタルコレクションのベースとして使い、その結果彼のデザインする洋服が細田作品によって変わったということを伺ったからでした。

細田

森永さんと自分を繋いでくれたのは、僕の作品にずっと関わってくれている伊賀大介さんというスタイリストなのですが、彼が「この時のベル(『竜とそばかすの姫』の主人公)の衣装は森永さんが良いと思う」と言って、本当に次の打合せで森永さんが僕のスタジオに本物の衣装を持って来てくれたのです。

キャンベル

森永さんは最先端のマテリアル素材を用いて見事な衣装を作られる方ですが、アニメーションなら、より容易に出来ますよね。

細田

そうですね。ただ、デジタルは基本的にいくらでも複製できますし、色合いも自由に変えられる世界ですが、物語上の世界においては、その空間における様々な動き、状況を反映させなければ、衣装の本当の姿になりません。デジタルの世界でありながら一回性のある芸術が森永さんの服で展開されているとすれば、それはとても面白いのではないかと。コロナ禍によって世界が変化し、価値観が変化した。その変化している渦中で、何か新しい、一種の美意識みたいなものを生み出していく力が大事なのではないかと思います。困難な状況に置かれて、負けずに堪えている僕ら自身が、その状況を踏まえたうえで何か新しい物を作っていく。森永さんとのコラボレーションは、そこをリアルタイムに、本当にその時にしか作り出せない物を作ることが出来て、面白い体験でした。あれも最初から設計してやっているわけではなく、一緒に作っていくにつれて、お互い影響を受けながら変化していった。僕の方がたくさんの恩恵を受けてはいるのですが、そういった異化作用が非常に面白いと感じています。

コロナ禍だからこその映画の「幸せな公開」

キャンベル

去年の春夏は一番コロナが厳しく、日本はロックダウンこそありませんでしたが、外出自粛要請があったり、劇場や美術館に対する非常に厳しい状況があったり、その中で『竜とそばかすの姫』は満を持して、皆と一緒に作った作品を川に放流するというものだったのではないかと思います。想像すると胸が締め付けられるような感じさえするのですが、実際はどうでしたでしょうか。

細田

やはりあの作品を公開する前から、他の作品が映画館の入場制限のために、必ずしも完全な形で公開されなかったという姿を我々は見ているわけですよね。僕らの時には、できればそういう規制は解除になって欲しいな、という淡い願いを込めながら作品を作っていました。そして実際、その儚い願いは砕け散って、公開初日からずっと50%制限が続いていたわけで、そういった意味ではがっかりしましたね。ただ、その一方で、映画を求めている人、見に行きたいと思っている人たちが、このコロナ禍の中で非常に抑圧された気持ちでいるということ、そこから少しでも気持ちを自由にしたいという思いで映画館に来てくれるのだということ、にも気づかされました。そういう人たちにこの作品を観てもらうことが出来て、届けることが出来て、それは本当に良かったと思っています。そういった意味で、『竜とそばかすの姫』は幸せに公開されたのだと言うこともできるのではないかなと。

キャンベル

コロナ禍での人びとの渇きのような希求、そしてそれに応える様相が、『竜とそばかすの姫』には満ち満ちていますよね。まず美しい中村佳穂さんの歌があり、映像があり、そしてあの非常に複層的なストーリーがある。やはり映画館に足を運んでこそ感じられるものが、ストーリーの中に埋め込まれている。2022年4月20日にDVDが発売されたということで、映画館でまだご覧になっていない方はぜひ見ていただきたいと思うのですが、僕としては、決められた時間と決められた場所に足を運んで、映画を観るということにやはり特別な意味があって、2021年の夏に『竜とそばかすの姫』を映画館で見た人達は、二重の意味で得をしているなと感じます。

ネットと現実、二つの世界で生きる「今」を描く

キャンベル

『竜とそばかすの姫』では「すず」という女子高校生が、なかなか周りに自分を表現することが出来ずにいるのですが、50億人が加入して遊んでいるバーチャルな世界「U」で、アバターを作ってみたところ、人前で歌を歌うことができ、爆発的な人気を得るようになる。物語の最初から、彼女のアイデンティティがバーチャルな世界に行き渡って、そこで生まれ変わるわけです。これは、インターネットにおいて人が自由になる部分と、そこから生まれる危険、つまり自分の影響が、実際の世界にどのように波及をするのか、という問題を含めて話が深まっていくように感じました。

細田

僕はインターネットを舞台に映画を作るのは今回が初めてではないのですが、20年前と今とでは、社会にとってのインターネットの立ち位置が全く異なります。昔は新しい人のための新しい道具であって、それで世界を変えていくだろうと希望に満ちたものだったのが、今では、もう一個の世界になっている。今の若い人たちが生きていく時に、僕ら大人も経験していないような全く新しい、世界が二つあるような状態で、若い人はどうやって生きていくのだろうかと。そういうことを思いながら『竜とそばかすの姫』を作りました。

キャンベル

『竜とそばかすの姫』は「U」で起きていることが実際の世界に溢れ出てしまう。つまり、よりシームレスに、バーチャルな世界と私たちのいる世界がつながっていて、お互い干渉しあっているということが、リアルに感じられました。

細田

インターネットの世界で起こっていることに対して、我々はどこかで「それは嘘でしょう」というような感覚を覚えるものですが、そこにはやはり人間社会の本質的な何かが現れている。そこで起こっている出来事は僕らが無視できない、人間社会がもっている問題が、炙り出されているのではないかと思っています。ですから、バーチャルな世界という一見SF的な世界かと思いきや、かなり生々しい世界を描かざるを得ないわけです。その中で、人との繋がりの重要性や、二面性の奥に相手の真実を見るというようなことの大切さは、何世紀経っても変わらない。そのことを、この作品を作りながら確かめられましたし、それを観客の皆さんと共有できたことが非常に良かったと思っています。

今をとらえ、そこに生きる人を肯定する

キャンベル

今、私たちはひとりひとりに気を配って関心を向けようとすると心が擦り減ってしまうほど密度の高い社会にいるわけですが、「U」はそれに輪をかけて密な世界です。しかし、物語の後半に入ると、それでも主人公のすずは、眼を背けてはいけない人を見出して、行動して行きます。こういった作品は、人を救う力と言いますか、実際に誰かを救う過程を丁寧に描くことによって、見ている我々ひとりひとりに力を与えることができるのだと感じたのですが。

細田

コロナ禍のような抑圧された環境だと、つい余裕がなくなって、普通だったらお互い助け合える所も、パッと動けない状況になっていますよね。日本だけではなく、世界中の人がそういう気持ちを抱えながらモヤモヤと生きているのだろうと思います。そういう中で、フィクションが一つの光を照らすことによって、ある種の慰みであったり、もしくはちょっとした気持ちの変化を起こせたら、映画の作り手としては大変光栄です。

キャンベル

人を助けることが正しいことだと多くの人は分かっているのですが、具体的に練習をするというか、シミュレーションすることはなかなか難しいですよね。映画やアニメーションは、そういう1つのシミュレーション、自分の損得と全然関係ない所で追体験をすることができる場なのかもしれません。今、学習指導要領が変わって、ロールプレイングやアクティブラーニングが奨励されているのですが、それこそ「U」の世界のようなアバターですよね。自分ではない物に本心を落とし込んで表現をする。他者からそれを評価される、という。

細田

そうですね。今回の映画でも、中心にあるのは自己発見の物語だと思っています。自分でも気が付かないもう一人の自分がいたということ。最初はそれがアバターだと思うのですが、本当はそれを通過してもう一個裏にある、本当に誰かのために何か出来るかもしれない自分というものを発見する。二回皮を剥いた先にある人間性というものを皆発見したがっているのではないか、と。ひょっとしたら、今の自分とは違う自分がどこかに隠れているかもしれない、と思う切っ掛けが、今の若い子たちにとって大事な気がしています。

キャンベル

『竜とそばかすの姫』は日本アカデミー賞優秀アニメ作品賞と優秀音楽賞を受賞なさいました。本当におめでとうございます。それを受けて、鋭意次の作品に取り組んでいらっしゃると思うのですが、どういう反響、自分への変化を得たのかということを、最後に伺いたいと思います。

細田

僕は、前々から作品を準備して、というのではなく、時代と言いますか、その時皆が何を思って、何が不満なのか、そういうことがきちんと反映されている作品を作りたいと思っています。ただ、生々しい今を捉えたい一方で、結局、皆もっとより良く生きたいとか、ちょっとでもましな人間になりたいとか、生を肯定したい、誰かに元気付けてもらいたいと思う気持ちが、変わらなくあるのだという実感が、年々強まっているような気もします。それに対し、僕ら作り手がどのようにして応えるのか、いよいよ試されているのではないか、と。

キャンベル

僕も、自分が生きている時間の1つの一里塚として、細田さんの作品を観続けていきたいなという風に思います。本日はありがとうございました。

細田

多様な仲間と共に挑戦をしながら、頑張って作り続けていきたいと思います。ありがとうございました。