六本木アートカレッジ SPECIAL 1DAY 2022
セッションレポート
vol.2

能×現代音楽
伝え手と受け手の曖昧さがもたらすものとは?

星野 太 美学者

Profile

1983年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。現在、東京大学大学院総合文化研究科准教授。専攻は美学、表象文化論。主な著書に『美学のプラクティス』(水声社、2021年)、『崇高の修辞学』(月曜社、2017年)、主な訳書にジャン=フランソワ・リオタール『崇高の分析論──カント『判断力批判』についての講義録』(法政大学出版局、2020年)などがある。

青木 涼子 能声楽家

Profile

能の「謡」を現代音楽に融合させた「能声楽」を生み出し、現代の作曲家を惹きつける「21世紀のミューズ」。ヨーロッパを中心に活動し、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団をはじめ数々の名門オーケストラとの共演やベルリン・フィルハーモニー、サントリーホールなどで演奏を行う。これまで世界20ヵ国50人を超える作曲家たちと新しい楽曲を発表する世界からのオファーが絶えない、現代音楽で最も活躍する国際的アーティストのひとり。2015年度文化庁文化交流使。2019年度第11回「創造する伝統賞」受賞。
https://ryokoaoki.net/

Overview

六本木アートカレッジSPECIAL1DAY、2時間目は能声楽家の青木涼子氏と美学・表象文化論がご専門の東京大学大学院准教授星野太氏をお招きし、「能×現代音楽、伝え手と受け手の曖昧さがもたらすものとは?」というテーマでお話しいただきました。世界の作曲家とともに、能と現代音楽を融合させた作品を生み出している青木氏。日本の伝統が世界と重なり合うために必要なものとは何か?新しい試みを続けることで見えてくる「変化」と「継承」の可能性とは?対談は、能の世界に留まらず、様々な伝統の未来を示すお話になりました。

世界を舞台に、現代音楽と能のコラボレーションを実践する

星野

このセッションのテーマは能×現代音楽という少々珍しいテーマですので、まず能とは何か、そして青木さんが能声楽家としてどのような活動をされているのか、ご紹介いただいてからお話を展開して行きたいと思います。では青木さん、どうぞよろしくお願いいたします。

青木

よろしくお願いします。私は東京芸術大学で能楽の観世流シテ方を学びまして、現在は能の声楽である「謡(うたい)」のための作品を現代音楽の作曲家と作り、世界で公演をしております。能は、謡と舞で構成された歌舞劇です。どうしても舞の能面をかけているイメージが強いと思うのですが、実は謡という声楽の部分が大きな位置を占めています。私はこの謡の素晴らしさを世界に広めたいと思いまして、現代音楽と謡の活動を始めました。現代音楽というのは西洋クラシックの分野の20世紀から現代に至る音楽のことを言います。現代音楽の作曲家にとって、謡の曲を作曲するのに一番難しい点は、能の謡と西洋音楽の楽譜の違いです。能には謡本という能のテキストと楽譜がセットになった物があるのですが、そこには「上(じょう)」つまり「あなたの音域の上の方から謡いなさい」ということが書いてあったり、「サラリ」つまり「サラリ目に謡いなさい」ということが書いてあったり、西洋音楽の楽譜のようにリズムや音程の指定というのがありません。これは師匠からの口伝で学んでいくということが前提としてあり、西洋音楽の全てを記述して再現する考え方とは違うところがあります。こうした違いを分かりやすく示したウェブサイト「作曲家のための謡の手引き」というものを作っております。私は2010年より世界の作曲家に委嘱して世界初演をするというシリーズ「現代音楽×能」を始めまして、そのほかの機会も合わせて計20ヵ国55名の作曲家の方に楽曲を提供していただきました。海外公演がとても多いのですが、2020年には新型コロナウイルスの流行により公演の中止を余儀なくされました。そうした中で何か音楽の力で出来ることはないかなというのを考えまして、新型コロナウイルス終息祈願のための能声楽奉納というプロジェクトを立ち上げました。能は神事として神社仏閣に奉納されてきたという歴史があります。この祈りの芸能ともいえる謡の曲を世界の作曲家に書いていただき、私が主な活動の拠点としているヨーロッパに向けてオンラインのリモートで奉納演奏するという物です。同じリモートの方法を使いまして、アンサンブル・アンテルコンタンポランの首席チェリストであるエリックマリア・クテュリエと一緒にCD「夜の詞 能声楽とチェロのための作品集」も作りました。これはパリと東京をリモートで繋いでセッションを行い、両拠点で同時録音した物を後でミックスした作品になります。コロナ禍ならではのアルバムが出来たのではと思っております。昨年の秋以降は割と海外公演も復活しまして、ベルギー、フランス、スイス、先月はスペインで公演を行いました。今後の予定としましてはオーストラリア、ドイツ、スペイン、ポルトガル公演などを予定しております。TwitterInstagramなどでも情報を発信しておりますのでフォローを頂けたらと思います。

星野

青木さんありがとうございました。青木さんのこれまでの音楽活動が非常によくわかるお話で、非常に感激いたしました。

能の根幹にある「謡」の可能性

星野

ここからは、いくつか具体的なトピックに沿ってお話しできればと思います。まず今日の一番大きなテーマである能と現代音楽ですが、この組み合わせは、私が最初聞いた時の印象としては「ありそうでなかった」という感じでした。というのも、現代音楽というジャンル自体が、西洋音楽の伝統の中にありながら、それまでの西洋音楽をいかにして脱却して行くかというモチベーションに支えられてきた音楽だと思うからです。有名なのは12音技法といったものですが、それまでの西洋音楽のシステムを一度解体ないし再編して、新しい音楽を作るというのが、20世紀から今日までの現代音楽の中核にあった問題だと思います。その必然として、非西洋圏の音楽を取り入れることを考えた作曲家も多くいて、例えばジョン・ケージは東洋の文化、とりわけ禅に非常に興味を持っていたので、そこで能という要素がコラボレーションするということは、一応理解できます。ただ、そこで青木さんの活動の特異なところは、謡という部分を独立させて、現代音楽とコラボレーションしたということだと思います。多分、この発想というのは能の世界の中でも非常に例外的なことだと思うのですが、そもそも謡を独立させて現代音楽の作曲家と一緒に仕事をしていくという発想はどういうところから芽生えてきて、どういう風に今の形になっていったのかを少し伺ってもよろしいでしょうか?

青木

そうですよね。能と現代音楽というと、皆さん想像なさるのが、現代音楽をかけて能の面をかけた人が動く、といったものです。私はずっと能の稽古をしていまして、謡が根幹にあると習ってきましたし、私も謡の魅力に取りつかれて、本当に素晴らしいと思っていたので、ヴィジュアルが先行して謡が忘れられているような気がしていました。また、いつも謡はお囃子と一緒に謡われるものですが、もっと汎用性が高いものではないか、例えばオーケストラや弦楽器と一緒にやると、どういう風になるのだろう、という興味があって始めたという経緯があります。

星野

なるほど。おっしゃるように例えば演劇というフォーマットであれば、やはり能面の視覚的なイメージが先行するところで、謡というものはバックグラウンドの物として受け取られることも結構多かったと思うのですが、その様な中で青木さんが謡に注目されたことはとても大きな意味を持つと感じました。

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この先の内容は・・・

  • 世界に発信することで「伝統」が見えてくる
  • 違和感から生まれる伝統の広がり
  • 新しい試みを継続し、フィードバックする
  • 「謡」の重なりが示す、文化の融合と未来