六本木アートカレッジ SPECIAL 1DAY 2022
セッションレポート
vol.4

わたしの奥に響く音に耳を傾けて生きる

Naz Chris DJ、ラジオMC、アクティヴィスト、放送作家、メディア・プロデューサー

Profile

DIRTY30プロダンクション株式会社 代表取締役、一般社団法人JDDA 理事、ナイトライフにおける女性の活躍を支援する団体:CHICKS ON A MISSION共同代表。公益社団法人 日本芸能実演家団体協議会 正会員。

学生時代は、全国高等学校総合体育大会(選手権)、国民体育大会(国体)、全国高等学校選抜大会へ出場するなど、競技選手として多忙な日々を送りながら、2024年パリオリンピック競技大会に種目の追加が決定したブレイクダンスにも没頭。また大学進学と共に、都内の放送局等にアシスタントとして勤務しながら、印度哲学、宗教学を専攻し、院生とともに研究 (心理人類学、文化とパーソナリティ論)に勤しんだ後、渡印。以降は、ロンドン・デリー・ロサンジェルスで、文化、エンターテインメントへの知見を深める。

Derrick May、 Claud Young、Nicky Romero、Poter Robinson、Dannic、LOST FREQUENCY等、世界的な DJ やアーティストのインタビュー、取材、国内外の音楽家との対談等多数。DJとしては、年間240本以上のプレイ、多様なジャンルに対応した DJプレイを行う。2018 年には、COLDFEET の Watusi と共に プロデューサーユニット【NAZWA!】を結成。
ロンドンを拠点とするダンスミュージック・プラットフォーム 【RONDO】でTechno チャート上位にランクイン、2 年間に渡る東南アジアツアーで、ジャカルタ-ホーチミン-ハノイ-シンガポール、インド等でアクトを披露。
2021年「いとうせいこう is the poet with 満島ひかり『Verse 2』」@ブルーノート東京公演でプレイ。

コロナ禍には、「#SaveTheDance 」オンライン署名活動、ロビーイング活動を指揮する。若い世代が従事する分野のエンターテインメント、文化芸術の窮状を行政府へ直訴し、エンターテインメント・シーンの支援拡大、若者の文化芸術文野の振興に寄与。著作権及び、著作隣接権の権利者、音楽権利者団体から特別な了承・協力を得て、著作権・著作隣接権の時限的な協力体勢によるライブ DJ 配信事業「Japan DJ.net-ONLINE-」実施。国内最大級のダンスミュージック・イノベーション「TOKYO DANCE MUSIC WEEK」実行委員長。

坂本 美雨 ミュージシャン

Profile

1980年5月1日生まれ。
1980年、音楽一家に生まれ、9歳でNYへ移住。

1997年、16歳で「Ryuichi Sakamoto feat. Sister M」名義で歌手デビュー。以降、本名で本格的に歌手活動をスタート。

音楽活動に加え、執筆活動、ナレーション、演劇など表現の幅を広げ、ラジオではTOKYO FM他全国ネットの「ディアフレンズ」のパーソナリティを2011年より担当。村上春樹さんのラジオ番組「村上RADIO」でもDJを務める。

ユニット「おお雨(おおはた雄一+坂本美雨)」としても活動。 2020年、森山開次演出舞台『星の王子さま-サン=テグジュペリからの手紙』に出演。 2021年、ニューアルバム『birds fly』をリリース。

動物愛護活動をライフワークとし、著書「ネコの吸い方」や、愛猫“サバ美”が話題となるなど、“ネコの人”としても知られる。児童虐待を減らすための「こどものいのちはこどものもの」の発起人の一人でもある。2015年に長女を出産。猫と娘との暮らしも日々綴っている。
2022 年 1 月 29 日、デビュー 25 周年を迎え、アニバーサリーイヤーに様々なプロジェクトが計画中。

OFFICIAL Instagram https://www.instagram.com/miu_sakamoto/ (miu_sakamoto)
OFFICIAL TWITTER: http://twitter.com/miusakamoto (@miusakamoto)
OFFICIAL HOME PAGE: http://www.miuskmt.com/

Overview

六本木アートカレッジSPECIAL1DAYの4時間目は「東京2020パラリンピック」の開会式で“パラ楽団”のボーカルを務めたミュージシャンの坂本美雨氏と、DJやラジオMCを務める傍らコロナ禍のエンターテインメントシーンの支援活動を行ってきたNaz Chris氏にご対談いただきました。テーマは「わたしの奥に響く音に耳を傾けて生きる」。コロナ禍における音楽をめぐるお話の中で見えてきたものは、個人的で、それゆえに普遍的な力をもつ、音楽の姿でした。

コロナ禍で生まれた、新しいアルバム

Naz

では、まずは美雨さんのご活動について、お話を伺いたいと思います。

坂本

私は両親がミュージシャンなのですが、音楽制作をしていた父が歌い手を探していた時に、たまたま私の声を使ってもらった。それがデビューのきっかけでした。シスターMという名で始めて、今年で25周年になります。丁度1月から25周年目に入ったのですが、4月1日に記念のシングルを配信で出します。これは「かぞくのうた」という作品で、数年前に出した曲に新たにストリングスを入れてドラマティックにしたものです。世武裕子さんがフィーチャリングしています。丁度昨日は香川でライブがありました。これまでの20年間はいろいろな土地を巡って、ずっとライブしてきましたので、「ありがとう」と「ただいま」を伝えに、また色々な土地を巡りたいなと思っております。そんな25周年の始まりを過ごしています。

Naz

ありがとうございます。昨年、ソロ名義としては6年半ぶりとなる新作がコロナ禍でリリースされています。アルバム『birds fly』。こちらはどういう経緯で作られたのでしょうか?

坂本

これは自由学園明日館という、築100年ほどの建物で収録したものです。元々とても好きな空間で、最初はそこでライブをやろうという企画でした。そこから色んな新しい出会いがあって「よし、ここでレコーディングをしよう!」ということになりました。なので、レコーディングと撮影を同時進行でやっています。編集したり修正したりすること無く、生演奏をそのまま封じ込めたアルバムです。

Naz

オールファーストテイクアルバムということでしょうか。

坂本

そうですね。全6曲をそのスタイルで、朝9時から夜9時くらいまで掛けて録りました。このアルバムも映像も全部がドキュメンタリーというか、その日に私たちがこの体を持って同じ空間に居たからこそ産まれた音、音の粒が聞こえるような、そこに包まれているかのような、それゆえ特にヘッドホンで聞いていただくと音響というものが感じられる作品になったと思います。

コロナ禍で見えた「繋がりたい」という人間の本質

Naz

今、音楽そのもの、レコーディングされた音そのものが全てファーストテイクでドキュメンタリーだと仰いましたが、このアルバムは一曲一曲に情景があって、たゆみない温度感があります。それはなぜかといえば、やはり歌詞の力だと思います。『birds fly』に収録されている「story」という曲の歌詞なのですが、「遠く遠く離れた場所で 同じメロディー聞いていた 君は屋根に登り 私は庭を眺め そこにはいない誰かを呼んでいた ずっと同じ空の下にいたなんて あぁ 知らなかった」。私はこの曲を初めて聞いた時に、自分たちは空で、音楽で繋がっているのだったということをふと思い出しました。このコロナ禍で、ソーシャルディスタンスやリモートという言葉が生まれ、人や物や音楽との距離が開いてしまいました。人を集めそのパワーで、お客様と私たち、お互いが生かし生かされている文化、音楽、芸術、ライブエンターテイメント。これが一度全部ストップしてしまった中で、繋がっているということを忘れそうになっていた時にこの曲を聞き、私は心から歌詞のもつ力を感じました。

坂本

嬉しいです、ありがとうございます。

Naz

2011.3.11(東日本大震災)の時もそうですが、私は自分たちこそが、音楽で人を元気付けられると思っていたのに、日常生活が全て無くなると(文化芸術が日常に入り込む隙間もなくなり)、自分たちの無力さを痛感せざるをえませんでした。コロナ禍でも、音楽の力とかエンターテインメントの力を信じられなくなった、疑った時期が、ほんの一瞬だけありました。実際、美雨さんはいかがでしたか?

坂本

無力感というものはすごく感じましたけれども、ただあの頃は本当にいろいろなミュージシャンが、インスタライブをしたりリモートでなんとか音楽制作をしようとしたり、あるいはいくつも動画が重なって1つの曲になるというような、新しい形の共演を数週間のうちに生み出しましたよね。だからこそ、繋がりたい、一緒に作りたいんだという思いをより感じた期間でもあったわけです。人間の本質としては、やはり誰かと繋がりたいし、繋がっていると思えたら、心から喜べる、そういうものだと思いました。芸術だけではなく、友達同士でも美味しい物を贈り合ったりとか、誕生日になんとかお祝いをしようとして気持ちを届けたりとか、人はなんとか道を見つけるものだなという希望も感じました。

文化を守るためには社会、政治に働きかける必要がある

Naz

ではここで、私がこの2年でしてきたコロナ禍での活動を皆様にご紹介させてください。あまり大きなニュースには取り上げられなかったものの、実はこのコロナ禍で、ライブエンタメ、芸術活動における沢山の団体が立ち上がりました。私が発起した「#SaveTheDance」というキャンペーンは「文化は希望、文化は生活、文化は経済」というスローガンで文化支援や文化そのものの必要性をうったえました。他にも「#WeNeedCulture」「#SaveTheCinema」「#SaveOurSpace」等々、様々な団体が発起、団結して皆で活動してきたという2年間があります。Zoomで繋がり、セッションやトークライブをするというものは、現在でも続いているわけですが、最初の緊急事態宣言の時、私が一緒に音楽活動をしているいとうせいこうさんが「よし、今週末からやろう」と言ったんです。「これから、どうなってしまうのだろう?」という不安を皆が抱いている、だからとにかくやれる事やろう、とステイホームの中で #MDL を始めました。「Music Don’t Lockdown」つまり「音楽はロックダウンしないんだ」という意味を込めて、自宅や自宅スタジオから発信を始めたわけです。それからアーティストのためのクラウドファンディングやドネーションそして、生まれて初めて議員会館に通うというようなこともしました。エンターテイメントや音楽というものは自己責任で活動しているところがあるので、国や自治体に支援を求めるようなことは考えたこともなかったのですが、誰もやる人がいないというのは問題です。例えば協力金だったり、家賃の補助だったり、アーティストへの支援が必要な一方で省庁の方は、そういった情報がないので、どういう支援をしたら良いのか分からないわけです。そこで、現場の情報が欲しいという時に、私たちが政治家や官僚の方々に会いに行きました。他にも1週間、再生エネルギーによる地球環境にやさしい音楽フェスティバルを開催したりもしています。ところで、美雨さんもコロナ禍でオンラインライブをされましたか?

坂本

沢山やりました。色んな方に声をかけていただいたり、自分たちでも発信したりしましたね。

Naz

このオンラインでのライブ、私たちDJのパフォーマンスでは非常に難しいことがあります。著作権法〜原盤権問題です。これはインターネットがない時代に出来た法律なので、オンラインでの活動に則していない部分が沢山あります。そこで、コロナ禍の期間に実演家や原盤権者の方々の権利が守られる、適正な配信をやらせて欲しい、(規制緩和して下さい)というはらたきかけもしました。一般社団法人 日本レコード協会や日本音楽著作権協会(JASRAC)など、様々な団体の方々に協力していただいて、誰の権利も損なうことのない音楽(DJ)配信というのを半年間やってきました。それから、最後になるのですが、このコロナ禍が開けたら皆で集まって、どうしても音楽フェスティバルをやりたいという想いから、音楽家の小室哲哉さんにも相談をさせていただきました。小室さんは議員さんがいる場所に一緒に行ってくださったり、次世代の子供たちが、音楽文化と共に生きられる未来のために本当に力を尽くして下さいました。そういった先輩方のご協力には心から感謝しています。

個人的であるからこそ広がる音楽の力

Naz

まだコロナは収まっておりませんが、美雨さんは、この二年あまり、音楽の力、エンターテインメントの力、歌が持つパワーというものをどういう風に感じられていましたか?

坂本

私にとって音楽は小さい時から、聖域というか、安心できる場所として、とても大きい存在でした。音楽は皆で楽しめるとか、元気づけられるとか、勇気が出るとか、様々な力を持っていると思うのですが、私にとっては逃げ込める心から安心できる教会みたいな場所です。本来の自分に戻れる場所という側面が一番強いんですよね。子供の頃から、嫌な事があったりすると、とにかくすぐ音楽を付けて、その世界に没頭することで助けられてきました。ここ2年くらい、またその役割が強くなってきた気がしています。本来の自分に戻れる、インナーチャイルドと呼ばれるところに近いのかもしれません。魂の一番フラジャイルな部分を思い出し、ピュアな自分に戻れる。そういった力を音楽は持っていると思います。社会的な役割や、しなければいけないこと、毎日が忙しいと思うのですが、それらを一旦脱ぎ捨てて、裸になる。自分自身も音楽の中で、そうしたいと思ったのです。今まで音楽の表現の中で、色々と試してきました。自分が社会の役に立ちたい、人の役に立ちたいと思って、とても明るいアルバムを作ったり。ただ今の自分としては、特にコロナ禍で明確になってきた部分として、色々と大人になる中で付いてきた殻をちょっとずつ脱いで、本当の少女だった自分を見る。ちゃんとその子を愛してあげる。そういうことを音楽でやりたいと思っています。それは極めて個人的なことなので、皆が共感できるものなのか分からなかったのですが、そういう自分を見せたり、そういった作品を聞いていただく中で、一緒に演奏する人も、聞いてくれた方にも、同じ効果が生まれているように思います。『birds fly』で一緒に演奏してくれたピアニストの平井真美子さんも、本来の自分を覗く、向き合うということに一緒に取り組んでくれ、個人的な共鳴もありました。ライブでも、それは前よりも起こっています。極めて個人的なことを歌って見せていると、聞いてくださる方が思いを馳せて、内側に潜り込んでくれるというのでしょうか。それは閉じているようで、不思議ととても広がっている。心を動かす音楽の力というのをより感じています。

一人一人の繋がりからしか、社会は動かない

Naz

今、お話を伺っていてハッとしたのですが、最近の音楽家、ミュージシャンの子たちは、なぜ音楽家やバンドがイニシアティブを持てないのだろうか、という悩みがあるそうです。このコンプライアンス社会において、表現の自由という部分が非常に難しい部分があると。つまり、表現者としてちょっと過激なことをしました、という時に、ステートメントやイニシアティブを一般社会に求めてしまっているのではないか。例えば活動の自粛であるとか、反省文をホームページに上げるだとか、それをするべきだ!と、ある種世間から求められたり、誰かにそれを決められてしまうような社会の現状から、それを気にして音楽をつくっている他の音楽家たちに、バンドや音楽家としての主体性、あり方を問うてみたいという声をたくさん聞きました。これは非常にデリケートな問題ですが、美雨さんの話を聞いていると、イニシアティブを取ると言っていないのに、イニシアティブを取っていることが分かります。自分のピュアな気持ち、個人的なことを歌うけれど、外に広がっているという。これはアーティスト性も感じると同時に、教育という部分に触れている気がします。教えてあげるよ、だからこの教科書を読んで!とは言っていないのに、なぜか教わっている気がするというのでしょうか。

坂本

これを皆で読もうね、ということではなく、一人一人が、「あたし、これ好き」、「私もこれ好き」、「私、小さい頃これ読んでた」と、そういう共鳴をするということですよね。個人が本当に好きなことや愛していることをまず大事にする。それを見せられる人には見せて、その人が今度は、これが私にとって大事なんだと見せる。そういう小さい単位での、ごくごくミニマムな単位での動きが大きくなるという方法でしか、なかなか世の中は良くならないと思います。私は動物愛護や子どもの虐待を減らすといった活動を少しずつ学びながら発信をしているのですが、守られるべき人が守られるためにはやはり隣人が気付くことが一番だと思っています。小さい単位での繋がりが増えて、皆がそれを出来るようにならないと社会的な底上げにならないのではないでしょうか。人間はミクロとマクロの両方の側面を持っていて、個人的なことがきっかけで大きな人の数を動かしたりします。それゆえ、私の音楽の役割があるとしたら、一人に話しかけることですね。どんな会場に居る時も一人の人と心を見せ合うというスタンスは変わらないのかなと思います。

文化、音楽を日常生活の一部としてとらえる社会へ

Naz

基本は1対1ということですよね。一人の誰かに向かって語り掛けたり、言葉を手向けたり、想いを馳せたりということが、教育において本当に大事なのでしょうね。最後に、これから、コロナが少し明けてきて、美雨さんがやりたいことや、あるいは心の中に留めておきたいなという想いがありましたら、伺いたいのですが。

坂本

そうですね、まずもっと旅をしたい。娘とアイスランドに行きたいです。そこで初めて会ったミュージシャンとセッションしたり、言葉を越えて歌い合いたいなと思っています。

Naz

人生も音楽も、生活そのものも旅ですからね。この2年間、旅が出来なかった分、これから音楽の旅、世界への旅を通じて、美雨さんがこの先、音楽家として楽しみな未来を歩んでいかれるということが手に取るように見える気がします。ここで、視聴者様から「コロナ禍において、世界の中での日本の音楽文化の立ち位置、社会的な支援、音楽業界の取り組みの違いなど感じられることがありましたか?」という質問が、私たち二人にきております。私から手短に言いますと、世界では、文化、音楽、芸術というものが生活の一部です。子供のころからプロムやパーティーに行ったり、休日はオペラの鑑賞やナイトクラブに行く。小さい時から音楽や文化が当たり前に自分の生活の一部だから、卒業はしません。それゆえ、コロナ禍で文化芸術ができない、美術館も潰れそうだというときに、もう冗談じゃない!それはなんとかしなければいけない!という気持ちが、海外だとすぐに沸き立ちました。もちろん、支援が現場に則していないという状況も一部ではありましたが、割と政治家や官僚、自治体と一般の市民が一緒に考えることが出来た。日本は外国に比べると、音楽や文化を身近に感じるというよりは、何か特別なものに感じているので、議論のスタートが遅かったですよね。そこが一番大きな違いではないかと思います。

坂本

同じようなお話になりますが、日本ではやはり、ミュージシャンは生活に余分なものだと、社会的には感じられていたと思います。絶対に心に必要で、日常に必要な物だという考え方が、海外の方が強いですね。やはり日本でも職業として、専門家であるということを認めていただくといいますか、日常的に必要なものだと皆が意識できるような社会になったら良いなと思います。

Naz

では、こちらで本日のお話は以上となります。美雨さん、ありがとうございました。

坂本

ありがとうございました。