シリーズディレクターに、スマイルズ代表でアートコレクターの遠山正道氏を迎えた2018年度のアートカレッジ。第一弾のゲストは、世界各国のビエンナーレでアートディレクターを務め、現在森美術館で館長を務める南條史生氏です。実は、旧知の仲で月1回の飲み仲間というお二人。今回の対談では、アートとビジネスという異世界の共通点を鋭く見つめ、そのふたつが互いに協力し合うことで生まれる新たな業態の可能性について熱く語り合いました。
そうですね。私は30年以上アート業界にいますが、最近本屋に行くとアート関係の本がもの凄く増えていて驚きます。15年以上前はそういう雰囲気はまったくありませんでしたから。
ビジネスはアートから学ぶべきことがたくさんあると思います。例えば、アートにはマーケティングがありません。アーティストは毎年個展をやりますが、何の絵を描いたら良いですかとお客さんにアンケートを取ることはない。何の絵を描くのかが重要で、最も面白いところなので、そこは他人に任せられないのです。また、失敗という概念が薄いこともアートの特徴です。すぐに売れる絵もあれば、ずっと売れない絵もある。でも、アーティストは売れない絵のことを失敗作とは呼びません。
確かにそうですね。一般的に、大企業の方はマーケットリサーチをします。マーケットでこういったものが求められているから、これを作りました、と。
そう。高度成長期で、モノが売れる時代はそれで良かったと思います。でも今は、売れない時代だから、アンケートまでやって売れないことはよくある。本当に悲惨です。スマイルズがやっているスープもネクタイもホテルものり弁も、我々なりの必然性とやりたいという気持ちから生まれた業態なんです。マーケティングとかビジネスの観点から言うと、私たちの業態は会社四季報ではどこにも当てはまりません。ビジネス的な共通点、シナジーが無いんです。だから、相対化すると我々は変わっているように見えるでしょう。しかしながら、我々はひとりひとりの「自分ごと」を大事にし、自分たちの思いを持って前進しているので、いたって素直で健全な発想で仕事をしていると確信しています。実は、私たちのビジネスの始まりは、アートが生まれる瞬間と似ているんです。
デザインとアートの違いという議論もありますね。デザインは基本的にクライアントがいる。アーティストには、クライアントがいませんよね。自分が作りたいものを作ったら、たまたまそれを好きな人が買ってくれるという構造になっている。遠山さんのビジネスもそれに近い。
そうですね。クライアントがいると、上手くいけばお互いハッピーですが、失敗した場合は互いのせいにし合います。ただし、アートの場合、南條さんのおっしゃる通り、誰かに頼まれて描くものでもない。我々の業態は、このアートタイプです。だから、自分たちの仕事のことを「頼まれてもいない仕事」なんて表現しています。
私の経験上、愛情や強い思い入れ、こだわりがあれば、もしその業態で上手くいかなくても、別の業態で粘ることや、すったもんだすることで、徐々に上手くいくようになります。
ビジネスはこだわり=愛ということですか?
愛だし、自分自身。自分たちそのものを社会に提示しているのがビジネスだと思います。
そこもやっぱりアートと似ている。アートというのは価値を誰も保証してくれません。本当に価値があるかどうかは自分の価値観次第です。例えば、草間彌生さんのアートは、最初は誰も認めてくれなかった。でもずっとやり続けることで、ある段階まで来ると皆が説得され始めた。今は世界中が評価している。彼女は今でも出来たばかりの作品を人に見せながら「これ良いでしょ?」って言うんです。本当に自分が作ったものを愛しているからです。
スマイルズ社の新規事業提案時の条件は、「根拠がちゃんと自分の中にあること」の1点のみ。この唯一の条件は、左脳派の副社長が発案したお題です。日経で掲載されていたからとか、テレビで誰か専門家が言っていたとか、そういうのは理由や根拠にならない。我々スマイルズにとって最も重要なのは、自分が「好きだ」という強い思い入れがあること。
ビジネスはとかくコストと価格、マネージメントの話ばかり。何故かというと言語化や数値化しやすいからですよね。会議でもどうしてもそういう話に引っ張られるのでしょう。
ビジネスの人はもっと自分たちの中に眠っている抽象的なことを大事にすべきです。「アートは見えないトリガー」、つまりきっかけの役割と可能性を持っています。アートの傍には、アーティストもいるし、鑑賞して感動する人もいる、さらにはアートを題材にビジネスをする人もいる。いろんな立場の人にとってのきっかけになるものです。ですが、それらは抽象的で言葉にしづらいもの。言葉にできる合理的なアイディアだと、合理的な反論に負けてしまうんです。一方、持論ですが、我々が見えているものや話題にしていることというのは、世の中の10%で、目に見えず言語化されていないことが残りの90%。でも、この残りの90%にいろんな可能性があると思います。この90%に気付いていろんな考え方のきっかけをもらいながら、従来のマーケティング型とは違うビジネスをしたい、そう思っています。
時代はそっちに向かっている気がしますね。マーケティングの時代はもう終わっていて、やりたいことをやる時代に入ってきた。大企業でさえも、社員が勝手に提案して作る時代に入っているようです。
個人の時代ですね。これからの時代、上手くいくコツは「好きなことを小さくやる」です。小さい方が絶対に面白いし、もし失敗してもダメージが小さい。
お客さんを想定しないでトライすると、逆にお客さんが付いてくるみたいなのが、遠山さんの真骨頂ですね。
「20世紀は経済の時代、21世紀は文化・価値の時代」だと思います。そして、21世紀は、需要が減って供給がやたらと増えてしまった。今、利益を出すために、売り上げを上げるかコストを下げるかの2択しかありません。ただし、コストを下げると価値まで下がってしまう。これは本当に怖いことで、一度下げた価値を回収するのは大変なことです。だからこそ、価値を下げずにしっかりと良いものを供給する必要があります。それができれば、お客さんは自然と集まってきます。
文化・価値の時代を生きるための遠山さんの会社の試みは?
文化・価値の時代とは何かということを確かめるために、スマイルズでは社を上げて、5年前から芸術祭に作品を出しています。アート作品からインスピレーションを得て、業態変更や新店舗開発を試みるのが狙いですし、関わる人みんなの行動を促すことがアートのひとつの役割だと感じているから。銀座の『森岡書店』や瀬戸内の『レモンホテル』も、その試みのひとつです。マーケティングからは絶対出てこないアイディアや業態です。店主たちの想いが商品やサービス、店舗を介して、お客さんの手に渡る。共感した人が自分ごとのように友人に伝え、笑顔や幸せが伝播する。これでビジネスが回るなら最高ですよね。
我々のような小さいビジネスは元々の分母が小さい。だからリスクが少なくて思い切ったことができます。個人のアイディア、センス、コミュニケーション、情熱、リスクがそのまま仕事と全て重なってきますから、仕事と人生が重なるんです。
AI技術が進んだことで、今までのようなマスのマーケットを考えるビジネスじゃなく、特定少数に直結できるネットワークができつつあるように感じます。自分がやりたいことだけやっていても、他の人とつながり、結果的にお金を生み出せる時代になっている。それにも関わらず、AIが出てくると仕事が失われると心配されています。ですが、冷静に考えてみると、AIで失われる仕事というのは人間がやらなくても良いような仕事です。テクノロジーはもともと人間が楽をしようとして発達してきたものでしょ。最後に仕事が無くなれば、みんなで素直に喜べばいいんです。問題は、逆にどうやって時間を潰すかですよ。仕事がなくなることより、何をするかのほうがよほど重大です。AI技術によって余暇時間が増えたとき、私はスポーツと文化が重要だと思っています。また、スポーツや文化で人生が形成される時代に本来は向かっていくべきじゃないかとも思います。遠山さんはそういう時代感を見事に汲み取ってビジネスを仕掛けている感じがしますね。
ありがとうございます。ビジネスが趣味と呼べるような人生は楽しいと思います。
これからは楽しいことだけすればいい。それが仕事になれば良いんです。
我々は『Soup Stock Tokyo』というチェーン店をやっているので、アートのチェーン店という面白い発想が生まれ、『The Chain Museum』という試みが始まりました。これは少なくともアート側からは絶対に出てこない発想だと思っています。『The Chain Museum』は、小さくてユニークなミュージアムを世界中にたくさん作り、それをツーリズムのように巡っていくというイメージです。既に10個以上プロジェクトが進んでいます。背景には、一部のお金持ちが高額で競り落としたアートを自分たちだけで楽しむのではなくて、もっとアートを民主化させたいという思いがあるんです。
アートを鑑賞しつつ、他にもいろいろな体験ができるのですか?
わざわざ足を運んでいただくので、価値や満足を強く感じられる体験を提供したいと思っています。ですから、各ミュージアムのリピーターにもなってもらえるよう、そのミュージアムがある場所の魅力にも注目しています。絵だと、やはり体験価値が限定されてしまうように思うんです。場が持つ力や、自分が動いて気付くインタラクティブなものが面白いと思うので、絵画よりもインスタレーション作品が相応しいと思っています。
この『The Chain Museum』には2つの大きな柱があります。ひとつは今ご説明したミュージアムで、もうひとつはマネタイズするための仕組みです。後者では、ビジネスとアートと個人を、プロジェクトという概念で結びたいと思っています。アートは今、非常にプロジェクト化している。そうなるとアートはもう1人では完結できず、ビジネスプロジェクトの要素が必要になってきます。
たしかに今、集団でテクノロジーを使って作る大型作品やアート施設が増えていますね。実際に、技術者もたくさん必要です。
ビジネス寄りの人は毎日なんらかのプロジェクトをやっているし、テクノロジー活用や資金調達も得意ですよね。一方、アーティストのなかには社会性がなくて偏っている人もいるので、そこはビジネスの人達が補うことができる。逆に、ビジネス側には何をやるかのコンテクストが足りていない。マーケティングとか上司に言い訳できるネタとかが必要だと思ってしまう。でもアーティストはそこに長けている。ビジネスマンはアーティストの生き様や感性から学ぶものは大きい。このようにして、お互いがそれぞれの得意なところを持ち寄って、次の領域に進むのが理想ではないでしょうか。
『The Chain Museum』では、ビジネスの要素、アーティストの要素の良いとこ取りをしながら、小ささを活かして今までの美術館には無かったような試みをしていきます。マネタイズに関しては、「PATOS」という仕組みを構築中です。要は、パトロンになる、パトロンを抱えるためのシステムです。作品に対していいねと思ったらお金を振り込む。そうするとある一定の金額が『The Chain Museum』の運営費に充てられ、残りはアーティストに入ります。作品に対するコメントも書けるので、アーティストとも直接やり取りできるかもしれません。今、企業の人事部もFacebookをその人の信用判断の基準にするほど、信用経済の時代が普及しています。我々は、文化の信用経済を測るもののひとつに「PATOS」がなれれば良いなと思っています。
作品を買うのではなくてアーティストに対する支援なんですね。
はい。リアルな所有権ではありませんが、株と同じ仕組みで作品毎に投じることができます。また、基本的にはアーティスト支援の仕組みですが、マーケットの中で人気が上がれば単価が上がり、投じた1万円が3万円の価値になって売ることもできるという、経済ならではのダイナミックな仕組みも持たせます。
アーティストがマネージメントできないなら、できる人と一緒に組めば良いじゃないかという提案ですよね。今までの伝統的なアート業界から見ると、アーティストがいてそれにギャラリーが付いています。ギャラリストがマネージメントをやっているわけですが、アーティストとの間にはしばしば問題が生じているのも事実です。そこで最近聞いた話では、若いアーティストが、自分のSNSで作品の内容とか途中経過を公開し、情報発信しているんですが、いいネットワークにつながっているアーティストだと、その制作の最中にもう作品が売れてしまう。それってアートの流通に構造変革が起こっていることになるでしょ。
アーティストとファンをつなぐだけなら、SNSでもできますね。だからこそ、我々が目指したいのは、ギャラリーの代わりになれるほどのブランド力を持つこと。『The Chain Museum』そのもののブランド力を上げていき、『The Chain Museum』が扱ったこのアーティストの作品なら面白いね、と買ってくれるようになる。アートでなかなか食べていけないアーティストと我々が一緒に育っていくのが理想です。ブランド力を高めて信用も上げて、直接そのお金がアーティストに流れていく。すると、インスタレーションの流動化につながるのではないかと想像を膨らませています。
インスタレーションの流動化とは何でしょうか? どういう意味ですか?
例えば、一般的にマネタイズが難しい屋外のパブリックアートを『The Chain Museum』上で紹介することで、作品と鑑賞者との距離感をグッと縮めるようなことが実現できるはずです。その作品にチェックインすると、そこから音声で作家本人の声で説明や深い思いが流れてくる、といった演出が一案です。この近距離の関係性を土台にして、上手くお金を生む仕組みが出来れば、プロジェクトを支援する人もちゃんと資金が回収できるならやってみようと思うでしょう。パブリックアートがマネタイズできるようになれば、世界中の色んなところでインスタレーションが頻発されるようになると思います。
そうやってアーティストたちが生き安くなる時代が来るというわけですね。
そうです。世界における日本のアート業界の立ち位置は弱いし、コレクターも殆どいません。でも仕組み作りは我々にも可能だと思うので、まずは日本で小さい『The Chain Museum』に、「PATOS」の仕組みを入れ、それを海外にどんどん広げて、インスタレーションを流動化させたい。アーティストが、自分が打ち出したいものをもっと自由に作れて、お金もちゃんと入ってくる、そんなメイドインジャパンの仕組みを作り上げたいです。
劇場も音楽もサラリーマン化しているからですよね。長期間練習して収入が少ないのは本当に浮かばれないと思います。自分たちの本来の思いに立ち返れるような環境を作ってあげることが大事。儲けるということはさて置いて、まずは自分が本当にやりたいことは何かということをしっかり考えることが欠かせません。先ほど紹介した『The Chain Museum』も、マネタイズの方法は後付けです。
ベンチャービジネスの多くも、最初の段階でお金になるかわからないけれど、まずはやりたいビジネスを始めちゃう。やっているうちに紆余曲折を経ながら最終的にはビジネスモデルが確定し、育っていくということになる。
大事なものだから、単なる流行りものになって欲しくないですよね。初めて見たような人が「なんか良いね」と言ってネットなどで紹介してお店が大混雑する。そういう消費のされ方をして欲しくないという意味です。アートには答えがないので、自分がどう感じるか、どう利用するか、何を気付き発奮したのか、そして何かのきっかけにできるかが重要です。自分だけに見える、自分だけが感じられるものに出会わせてくれて、前にどんどん進んでいくきっかけをくれる、アートにはそんな大きな力があると信じています。
今回の対談テーマは、「つながるアートとビジネス」ということで、ビジネスシーンにいる人がアートを学ぶことによって、何かヒントを得られるのではないかという内容です。最近はアート流行りのような風潮がありますよね。嬉しいのですが、流行りだけで消費されて欲しくないなとも思います。