シリーズディレクターとして、スマイルズ代表でアートコレクターの遠山正道氏を迎えた2018年度のアートカレッジ。第三弾のゲストには、今年8月から開催される芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督を務めるジャーナリストの津田大介氏と、もう一組、現代芸術活動チーム「目」のディレクター南川憲二氏とアーティスト荒神明香氏をお迎えしました。
今回の対談では、「アートをプロジェクトとして捉えよう」と発案する遠山氏を中心に、ビジネスとアートの両面を俯瞰しながら、アートがサステナブルなプロジェクトになるために何が必要なのか、アートとビジネスが相互に補完し合うにはどうすればいいのか、思うまま、感じるままに語り合いました。
美術分野のアーティストが食っていくには、どこかのギャラリーに所属するのがスタートになります。そこで作品を売ってもらって収入を得るわけですけど、実際のところ結構ギャラリーが売上をもっていくんですよね。だいたい半分くらいだと聞いています。
場合によりますが、基本はそうですね。
アップルのAppストアだって30%ですよ? 50%という取り分はなかなかですよね。ギャラリーの存在はもちろん重要なんだけど、アートを取り巻く情報環境とかがどんどん変わっている中、昔のルールのままやっているだけじゃダメでしょう。変わんなきゃいけない、そういうときにビジネスの発想が大事になってくると思います。
僕たち「目」は、主にインスタレーション作品を展開してきました。資生堂ギャラリー『たよりない現実、この世界の在りか』(2014) や、宇都宮美術館屋外プロジェクト『おじさんの顔が空に浮かぶ日』(2013-14)などですね。2015年に法人化して、ビジネスとしては最悪の、具体的に言うと同世代の平均年収の半分くらいの収入を確保しながらなんとかやっています。
アートの現場での不満は、改善すれば価値になるので、不満を挙げてみましょうか。そうすると、そこからわれわれが次に何ができるか見えてくると思います。
それで言うと、「アーティストフィーという概念はない」と言われることがあります。アーティストフィーはダメだけど、制作作業する人の人件費は出る、みたいなことです。アートのプランや実施することそのものへの対価、そういう考えがなかなか理解してもらえないですね。
払う側つまりビジネス側の98%くらいの人からすると、アーティストフィーという概念はなかなか理解できないんだろうね。
「あいちトリエンナーレ」ではアーティストフィーをすこし出していますが、アーティスト側から「出るんですね!」と驚かれることが多い。それくらい、美術業界って労働に見合った対価が支払われず、「これでいいでしょ?」ってのが常識になっている。ビジネスの世界では考えられない話なので、おかしいなと思いますよね。
「目」の作品は大型のインスタレーションが多いから、すごく費用がかかるはずで、制作費だけでは賄えないでしょう。自分たちで負担することもあるの?
よくありますね。人件費のなかに自分たちの実作業日もカウントしてやりくりするとか、なんとかしのいでいます。
欧米ではアートを作る人、見る人、パトロンのきれいな三角形がバランスよくできあがっていて、適正な芸術環境と文化立国になっているんです。一方、日本は見る人がすごくいる。作る人も大勢いる。でもパトロンが全然いない。アートの持つ社会的、創発的な価値が過小評価されているんじゃないかなと思っています。
ビジネス側がどうしても求めちゃうのは対価であり、利益というものを意識しまいがちなんだよね。
ただ、ビジネスの側からアーティストを支援した場合、コストパフォーマンスは非常に高いと思うんです。アーティストはすごく発想力があるので代理店とかに頼むよりアーティストの作品を支援して関係を作ったほうが、ビジネスの新しいところを引き出せる時代になってきているんじゃないかと思います。アメリカでもフェイスブックやグーグルがやっていますし、古くはゼロックスなんかもコピー機の発想なんかはアーティストとの交流から生まれています。
まさにそうで、利益や対価という発想を、「価値」ということに置き換えたら大きく変わると思うんですよね。企業が世の中に対して何を価値として提供できるかという考え方です。利益でなく「価値」を生むために必要な人材は、ビジネスコンサルタントじゃなくてアーティストに置き換わるでしょう。
実際、そういうところにもっと注目したほうがいいだろうと言う本がたくさん出ています。たとえば山口周さんの「世界のエリートはなぜ『美意識』を鍛えるのか」、これは10万部を突破しています。「世界のビジネスリーダーがいまアートから学んでいること」では、実はビジネスとアートってものすごく関わっているんだよって言う話をたくさんの実例で紹介しています。
Airbnbの2人の創業者はアーティスト出身。もともと絵描きで、その彼らがスタートアップのスクールに通って、ビジネスプランを考えて出てきたのがAirbnbの発想。実は今まで以上に、ビジネスとアートの距離は近くなってきているんじゃないかなと感じています。
手前味噌で恐縮ですが、今度「ArtSticker」というサービスを始めます。鑑賞者がアーティストに直接支援できる仕組みです。かつてパトロンというのは王様や貴族、教会のような宗教組織だったりしたんだけども、いま王様とかいないので、われわれひとりひとりがパトロンになってみようよという仕組みです。鑑賞者がアートに360円とか1200円のシールを貼っていくイメージになります。アーティストから見ると、こういう人たちが支援してくれているんだ、次の個展の案内はこの人達に送ろうみたいな、そういう関係性もできる。アートを敷居が高いものではなくすことができるんです。
作品をアーティストの手元に置きつつ、展示の感動に対してお金を払ってもらう仕組みですね。
インスタレーションでも彫刻でも、建物の中にあると入場料を取れるけど、外にあるとパブリックアートのようになっちゃう。でもそれもお金を生むようにできるかもしれない。そうすると作品オリエンテッド、あるいはアーティストイニシアティブでとにかくまず作品をつくって、それをわれわれが支援していくことも可能になります。アーティストの西野達に話したら「これはいい。これで作品を売らなくて済む」と。凄くリアルな反応ですよね。
この先には、個別の投げ銭ではなくクラウドファンディング、月額でアーティストを支援していくような仕組みがあるかもしれないですね。サブスクリプション的にアーティストをパトロンするような。
クラウドファンディングもやってみようとは思うんですけど、結局出資してくれた人にポストカード作るとか、そういうことやっているうちに終わっていっちゃう気がするんですね。作品づくりじゃない部分に追われてしまうというか。
アーティストを支援しているはずが追い込んでしまうというのは、ちょっと問題ですね。「ArtSticker」のように関与経済でなく、「贈与経済」的な、一方的に愛のように与えていく仕組みにシフトしていくことも必要だと思っています。
私はアートのことを「見えないトリガー」なんて呼んでいます。喋っていることとか触れるものとか、顕在化しているものは全体の1割くらいで、ほかの9割は暗闇で顕在化していないものであり、そこになにかを見て具体化させていくというのがアーティストなんだと思うんだよね。なんとなくこれからの経営者って美大卒で、さっきの9割の顕在化していないところに何かを思い描ける人なんじゃないかなという気がしています。その経営者のアイデアを具現化するいろんな分野のプロ、金融や物流とかね。それらを組織化して会社ができていくイメージです。
その世界的な成功者の代表格がジェームズ・ダイソンですよね。あの人はロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アート出身で、デザインで世界を席巻した事例になっています。「目」は、なんで企業にしようと思ったんですか?
個人だと、クライアントと契約できないという実際的な問題があったので、法人化しちゃおうというのがスタートです。当初は、会社にしてどんどん合理的に進んでいくことに対して、なにか大事なものが抜け落ちていくんじゃないかという抵抗感があったんです。会社というものに対する自分自身の妄想というか幻想があって。会社を大きくしていくときって、だんだん運営することそのものに追われていく感じがするじゃないですか。でも、したいことをするために会社があるって考えるとすっきりしたんです。
本来起業ってやりたいことをやるためにするんだけど、会社が大きくなってくると社員も増えてきて、あるタイミングで「社員を食わすために拡大しなくちゃいけない」と成長が目的化するところがありますね。
アーティストであっても、後は知らんよ、というわけにはいかなくて。たとえばインスタレーションやったあとに、これ展示が終わった後はどうなるんだっけ、ゴミになるんだっけ? といったところまで考えるような社会性をもって活動していかないと、力強いメッセージをもつ作品になっていかないと思います。
もっとビジネスセクターがアートと関わることで、「それだったらお金出す人いるじゃん」「話してくれればカンタンに集まるんじゃない?」っていうケースが結構あると思います。
ビジネスも、最初は「子どものまなざし」で思いついて、それだけじゃうまくいかないんで「大人の都合」が入ってくるんですよね。ビジネス側は「子どもの眼差し」をちゃんと持ちたいし、アーティスト側は「大人の都合」のほうを、制作チームを組むときにきっちり考慮しないといけないんでしょうね。
アートはどうしても敷居が高いとか、ビジネスになりそうだけどよくわからないという人は多いと思います。私も自分が好きな音楽の世界と紐づけてアートと向き合ってみたらスッと入ってきました。中学の時、課題を提出しなくて美術1を取るような人間だった私もそうでしたし、それが今では芸術監督を担当するんですから。まずは自分の好きなもの、リテラシーがあるものからアートに入っていくのがいいのではないでしょうか。
アートって単純に人間の感性を肯定することだと思っています。自分自身の感性でこれをやってみたい、これをみてみたい、そういうことをやることが大事だと。だからアートにもビジネスにも囚われすぎる必要はないかと思います。
アートってよくわからないという声は根強いです。でもプロジェクトとして考えるなら、やればいいし、失敗したらやり直せばいいだけことです。夢もアートもひっくるめて、プロジェクトだと思って臨む。そもそも私はスープ屋さんですから、なんでそれがアートに関わっているんだと不思議に思いますよね? 私だって、やりたいからやっている、としか言いようがないんです。アートを遠ざけるのではなくて、どんどんやったらいいと思います。
今回の対談は、「アートが責任あるプロジェクトになるために必要なこととは?」というテーマです。今までが責任のないプロジェクトだったというわけではないんですが、アートってなかなか金銭的な面でうまく自立できていないのが現状です。たとえば50日間の芸術祭をやって、展示作品が人気を博したとしても、収支で言うと厳しい。お金が出ていく一方なんですね。芸術祭なら助成金とかに頼る方法もあるけど、決してサステナブルではない。ビジネスでこんなことをしていたら絶対に続きません。アートだって自立し継続していく必要があるし、そうしなければアートを取り巻く環境だって整っていかないでしょう。