六本木アートカレッジ2019 Vol.3
セミナーレポート

ビジネスで解くべき「問題」をいかに見つけるか

竹中平蔵
アカデミーヒルズ理事長/東洋大学教授/慶應義塾大学名誉教授
Profile

1951年和歌山県生まれ。一橋大学経済学部卒業。経済学博士。
ハーバード大学客員准教授、慶應義塾大学総合政策学部教授などを経て、2001年小泉内閣で経済財政政策担当大臣を皮切りに、金融担当大臣、郵政民営化担当大臣兼務、総務大臣を歴任。2006年よりアカデミーヒルズ理事長。現在、東洋大学教授、慶應義塾大学名誉教授。ほか㈱パソナグループ取締役会長、オリックス㈱社外取締役、SBIホールディングス㈱社外取締役、世界経済フォーラム(ダボス会議)理事などを兼務。
著書は、『経済古典は役に立つ』(光文社)、『竹中式マトリクス勉強法』(幻冬舎)、『構造改革の真実 竹中平蔵大臣日誌』(日本経済新聞社)、『研究開発と設備投資の経済学』(サントリー学芸賞受賞、東洋経済新報社)など多数。

山口周
独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
Profile

1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策、組織開発等に従事。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『武器になる哲学』など。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修士課程修了。

Overview

「問題のないところにイノベーションは生まれません。まずは、自分が世の中をどうしたいのか考えることが重要なんです」

2020年1月31日、六本木アートカレッジのセミナーのなかで、独立研究者・著作家の山口周氏が参加者に繰り返し語ったのは、「ありたい姿を描くこと」の重要性でした。3回目のセミナーとなるこの日は、2019年度のシリーズディレクターを務める同氏と、アカデミーヒルズの竹中平蔵理事長との対談が行われました。

本レポートでは、山口氏自身が今考える日本の課題感についてのプレゼンテーションと、その後竹中氏と交わした、現代のビジネス環境における「問題の見つけ方」「ありたい姿の描き方」のトークセッションの様子をお届けします。

Presentation日本は「昭和」を終わらせる必要がある

山口周

私は、日本の企業経営の「思考」や「行動」の様式には、いわゆる“昭和的なもの”がまだ多く残存していると思います。それらと変化する社会との間に、さまざまな局面で齟齬が生まれているのが、この国の現状ではないでしょうか。

これを説明する上で分かりやすいのが、『マズローの欲求5段階説』です。下から「生理的欲求」「安全の欲求」「所属と愛の欲求」「承認(尊重)の欲求」「自己実現の欲求」とあって、より下層の方が物質的かつ量的な問題であり、上に行くほど精神的かつ質的な欲求になっていきます。

昭和30〜40年代の日本企業が人々に提供した価値は、下の2つの欲求へのソリューションです。それ以前は、例えば電気冷蔵庫や洗濯機の普及は1〜2割程度。つまり、「わざわざ氷で食料を冷やす」「冷たい冬に洗濯板で洗う」といった生理的、あるいは安全の欲求への不満がありました。多くの人に通じる普遍的な問題という意味で、非常に大きな市場があったんですね。

この市場で製造業が圧倒的に伸びていき、高度経済成長は生まれたわけです。もちろん、大変な苦労をしながらではありましたが、結果として、物質的な欲求が十分に満たされる世界を日本は実現してきました。

一方で、「幸福度」の調査統計を見ると、昭和20年代〜30年代までは数字が右肩上がりなんですが、40年代に頭打ちになったまま、今に至るまでほとんど変わりません。かつての人々が思い描いた“不満のない夢の暮らし”を、私たちはすでに手に入れたはずです。なのにむしろ自殺率が上がっていたり、メンタルヘルスの問題を抱えて会社に行けない人が増えたりしている。それはなぜか。

僕がコンサルティングの現場で感じていたのは、昭和型の「物質的な欲求」を解決する仕組みが、実は「精神的な欲求」を解決する方法論として全く合っていない、ということなんです。

問題をいかに“自分で見つけられるか”が重要

低成長の時代が続いていますが、日本のビジネスパーソンがサボってきたわけでは全くない。むしろ、経営学や統計学を勉強している人、英語ができる人などは増えていて、個人のレベルで見てみると優秀さは上がっているわけです。

でも、なぜか価値が出ない。実はやっている本人も「何かがおかしいな」とは思っているんです。その背景には、物質的不満の解決によって価値の構造が変わり、世の中で“希少性と過剰性との関係”が崩れてきたことがあります。

端的に言えば、以前は普遍的な問題がたくさんあり、それを解くことが価値だった。けれど、だんだん解決策が過剰になってくるなかで、より「希少な欲求」、さらに「精神的な欲求」の解決が期待されるようになりました。これらはそもそも、問題として見つけることが非常に難しいんですね。

だからこそ、今は「自分で問題をつくれること」が価値になっています。その問題とは、“ありたい姿”と“現状”のギャップ。つまり、自分たちで理想を描いて、「だったらこれが問題だよね」と現状を整理し、解決策、つまりイノベーションを提案できることが重要なんです。

よく「イノベーションが必要だ」とおっしゃる方がいますが、私は「そのイノベーションでどんな問題を解きたいんですか」とお聞きしたい。世の中に解きたい問題があって、その解決策がイノベーションなので、まずは自分たちで社会をどうしていきたいかを考えないといけません。

描いた世の中に向かって「私はこの問題を解く係です」と行動していけば、イノベーションは自ずと可能になるでしょうし、そこに何らかの価値が生まれるのかなと思っています。

変化の激しい時代に、なぜ「変われない」のか

竹中 非常に明快な解説をありがとうございました。昭和の成功体験を引きずっている、というのは本当にその通りで、平成、令和に至るまで、日本はさまざまな抵抗をして「変わってこなかった」側面があると思います。

一方で、世の中を見ると、あらゆることが急速に変わってきた部分もあります。変わった面と変わらなかった面のギャップをどう捉えていますか?

山口 まず前提として、大きな流れで見たときの社会は、ずいぶん良くなってきたと思っています。以前は「明らかにこれは非効率だろう」ってことがまかり通っていましたから。

一方で、昭和的な側面を感じざるを得ないのは、海外との比較で見たときですね。未だに規制が強く、Uberなど先進国の中で日本だけが利用できないサービスもある。そうなると、他国で成功しているものでさえ「規制で潰される」と分かっているので、リスクを取るインセンティブが働きません。そこはイノベーションの勢いを削いでいるという感覚はありますね。

竹中 変わりたくても既存の法律や規制が足を引っ張っている、そこの葛藤はおっしゃる通りです。昭和から抜け出すためのポイントとして、山口さんはもう一つ、「やめること」や「逃げること」の重要性も著書の中で指摘しておられましたね。

山口 これについては、象徴的な調査があるんです。野村総研が2010年にまとめた、日本の上場企業の経営者に対するアンケート調査において、「次世代経営リーダーに求められる資質と能力」への回答の3位に、「不退転の決意」が入っているんです。つまり、日本のトップ層は逃げないことをポジティブに、退転をネガティブに評価している。これはマズいなと思っていて。

退転が極めてネガティブである以上、「退転のリスクが一切ないものしかやらない」となるわけです。でも、この考え方は、事業に莫大なイニシャルコストがかかる製造業モデルが主流だった時代には良かったかもしれませんが、世の中のトレンドとしては今、“失敗のコスト”が下がっているんですよ。

竹中 固定費が少なくて済むというのは、今の時代ならではの現象ですよね。

山口 くわえて、事業には、取り組んでいれば得られる利益、機会コストというものがあります。ですから、失敗のコストがどんどん下回っていく状態となると、「試さないほうが損になる」と思うんです。なのに「一度始めた以上、もう絶対やめられないですよ」って言われたら、ビジネスパーソンは何もできなくなっちゃいますよね。「逃げるのが良くない」という価値観があることも、現代の状況との大きな齟齬を起こしているなと思っています。

“何が正しいか”は自分で判断する

竹中 そうしたときに、私たちはどうイノベーションを起こしていけばいいのか。昭和の時代のように「これがほしい」というニーズが見えなくなった今、求められているのは「こんなものがありますよ」と提案できるサプライヤーなのかなと思うんです。

つまり、需要側ではなく供給側の提案が、社会を進歩させるためにすごく重要になってきているのではと。ここの関係性についてはどうお考えですか?

山口 少しずるい答えになるかもしれませんが、私は“真ん中にいる人”な気がするんですね。というのも、人間の行為っていろんな因果の連鎖で複雑に絡み合っていて、主体的な意志を持った行動に見えても、実は別の要因がもたらした結果かもしれません。なので、社会を変える提案が完全に供給側の要因なのかというと、そうとも限らない。

最近の成功事例を見てみると、私は「共感」が駆動力になっているケースが多いと思っています。困っていたり、つらい思いをしたりしている人たちへの共感からスタートしている。その意味で、需要と供給の間にいられる人なのかなと。

竹中 大事なものには、やはり「バランス」があるということですね。著書の中でも、例えば「直感が大事だけれど、非理論的でもダメなんです」などの指摘をたくさんされていますが、おっしゃるような適切さの中でこそ、社会が良くなっていくのかなと思います。

一方で、山口さんは「自分のルールに従え」ということも書かれています。これは、「自分は一体どういう社会を目指しているのか」といった、レイヤーの高い目標の重要性を指摘されているのかなと思うのですが。

山口 新しい分野が出てきたとき、まだルールのない世界では、「何が正しいのか」を内在的に判断する必要があります。外在的にある法律やテキストを参照し確認するのではなく、“自分の中にあるもの”で考えて、善悪を決めていかなくてはいけません。日本人はその訓練を積んできていないので、非常に足腰が弱いと感じています。

竹中 その訓練が、まさに「問題を解決する」のではなく、「問題を新たに発見し、設定していく」ことにもつながるのかと思います。多くのビジネスパーソンが知りたいのもここかと思うのですが、どんな鍛え方があるのでしょうか?

山口 一番は、「相対化できる参照点を持つ」ことだと思います。具体的には、まずはとにかく移動距離を増やして外国などに出かけていく、あるいは海外との接点をつくっていくことですね。すると、日本の社会が持っている“異常さ”に気づけます。

私自身の忘れられない体験をご紹介しますね。外資系のコンサルティング会社にいたとき、メンバーの昇進についてマネージャーたちと議論したことがありました。対象者のなかに1人、すごく優秀だけれど、マタニティーリーブ(出産休暇)から戻ってきたばかりの方がいて。彼女は十分パフォーマンスを出していましたが、まだ時間的に50%しか働けなかったんです。そんなメンバーを昇進させるのは会社としてどうなのか、という話をしていました。

そのとき、オランダ人だった上司が静かに立ち上がり、「こんな非道徳的な議論は許されない」と言ったんです。ものすごいジェンダーバイアスに囚われているって。でも、みんなキョトンとしてたんですよ。彼の意見を聞くまで、自分たちがいかに前時代的な価値観を持っているか一切分かっていなかったんです。

要するに、日本人だけで議論して、日本人の当たり前の感覚で「正しいよな」と言っていても、本当に良いか悪いかって分からない。こうした「空間軸」の参照が、相対化するうえでは非常に有効となると思います。

アートが「世の中の見え方」を育てる

山口 もう1つ、「時間軸」による相対化も重要です。過去と対話する、ということですね。私たちは、バルザックの本から19世紀のパリがどんな感じだったかを知ることができますし、プラトンを読むと3,000年前のギリシャがどうだったのかも分かる。

歴史を勉強したり、過去のアート作品に触れたりすることで、自分たちの社会を別の角度から参照する視点を持てます。この時間軸の比較による頭の中の広がりが、つまり「リベラルアーツ」だというわけです。

竹中 アートを学ぶという点では、今、世界のリーダーたちが集まる会議には、必ず何かしらのアートイベントがあるんです。エクスカーションで美術館に行くこともあるし、演奏会が開かれることもあります。リーダーのクリエイティビティに、それらが大きく関係するということは、歴然としてきているなと感じますね。

山口 そこには、先ほどのマズローの欲求段階も関係してきます。アートって“役”には立たなくて、“意味”しかない。でも、役に立つ文明的なものにみんながお金をかけなくなっている今、承認欲求を満たしたり、自己実現の欲求を満たしたりするものとして、アートに文化的な価値が出てきているのかなと思いますね。

ただ、アートは非常にボラティリティが大きく、経済的な予測ができない。そこに投資としての価値を見出そうとするとき、今の日本の経営の、アカウンタビリティを求める意思決定の仕組みとは相入れない難しさもあります。

竹中 そのなかで、山口さんはエグゼクティブ向けのアート教育などもされていますよね。その目的を教えていただけますか?

山口 どうしても「アートって役に立つんですか?」と聞かれてしまうので、エグゼクティブも納得できるように、プラグマティックな側面での重要性を訴える必要があります。その際、多くの方が重要視する知的生産性に絡めて、ご説明するようにしています。

知的生産性を上げたいと皆さんおっしゃるんですが、その意味を聞くと、論理思考とか仮説思考だとか、「思考」の話ばかりなんですよ。でも、それは情報処理プロセスの真ん中から後ろの部分でしかありません。

知的生産というのは、入力された情報をプロセッシングして処理し、それを分かりやすく伝えるのが一連のプロセス。なので、同じ情報を入れて論理思考をやったら、同じ結果になってしまいます。他の人と違うアウトプットを得るには、「入力」を変えないといけないんです。

よって、アートを題材に、他の人が気づいていないことをいかに自分でつかめるか、新しいインプットを得られるか、ということを訴えています。これからの時代、世の中を見る力、聞く力、感じる力が、パフォーマンスの差に直結するように思います。

参加者との質疑応答

Q. 探すことすら難しい問題を、見つけて解決するということには、どういう意義があるんでしょうか?また、そういった問題を解決するイノベーションが起こったとして、本当に人は幸せになるんでしょうか?

山口 そもそも幸福な社会を目指していない人にとっては、どのような問題を解いても無効ですよね。ですから、意義は人それぞれにはなるかなと。

ただ、市場原理の中では、「普遍的かつ簡単な問題」から順に解決されます。普遍性は市場規模の大きさを、解決の容易さは投資額の少なさを物語りますから、企業がROIを最大化させていくと、どうしても普遍性の低い問題か、解決の難しい問題が残存してしまうんですね。そのとき、普遍性が非常に低い問題を見つけて解決した、例えば何らかしらの障害を持った方々へのサービスなどを提供したとき、市場規模は大きくなくとも、幸福になっている人は間違いなくいると思います。

一方で、イノベーションには必ず何らかの破壊的な側面があるので、それまでのシステムで利益を被ってた方が不幸になるかも分からない。全てのイノベーションが全ての人たちの幸福度を上げるのかという意味では、視野を広げて考える必要はあると思いますね。